【苔玉に寄せて】Vol.51~世代交代する苔玉・植物
世代交代する苔玉・植物
「こんなに小さな苔玉の根部で植物が大きく育ってきたら、一体どのように対処したらいいのですか」。苔玉教室でよく質問されることです。「好みの大きさに枝葉を剪定してみては如何ですか。」とか、「現在の苔玉部分に、二重に苔を巻き重ねたらどうですか。」などと、お答えしています。あるいは、「鉢に植え戻したり、路地に植え付けてみたらいかがですか。」などと、返答することもしばしばです。
いずれにしても今一つ納得がいかない、けげんなご様子・・・折角、望みの形・大きさに作り上げた世界にただ一つの、私のモス・アートです、それは当然の疑義であり、不満だと思います。

今年の「桜の苔玉」
植物は生きています、日々成長・変化しています。私たち人間の思いのままの姿・形であり続ける訳にはいきません。一面では成長・変化する過程を楽しみつつも、やっと作り上げた望みの大きさ、形であり続けて欲しい・・矛盾ですね。
一定の大きさ・形状を望み、瑞々しい植物の姿を期待されるのでしたら、毎年、同じ植物の苔玉を作って、「更新」していくことが、本当の回答かもしれません。私たち人間の生活環境に合わせた形状・寸法を例年望むのであれば、「更新」という発想を忘れないで頂きたいのです。苔玉に限らず、鉢植え植物も、庭先の草花も植木も芝も、成長・変化するのですから、手入れしたり植え替えたり等の、「更新」作業は付きものです。
私が小学生の頃、長崎の伯母から分けてもらった一芽の「月下美人」を挿し木して、中学生の頃、一晩に見事50余の大輪の白花を咲かせたことがありました。この体験が忘れられず、父が大鉢(ついには尺5寸鉢)に植え替えを続け古木としましたが、例年2~3輪の開花のみ、報われない労多き父の晩年だったと推察します。「月下美人」という植物を、挿し木して若返り「更新」を図らなかったのです。

開花した「月下美人」
苔玉をはじめとして鑑賞を目的とする園芸植物には、例年「更新」の発想を決して忘れないで頂きたいのです。挿し木したり、株分けしたり、種子を蒔いたり等の作業で、目的の植物の若返りを図ることが肝要です。苔玉に仕立てた植物を、いつまでも瑞々しく元気で、かつ望みの形状・寸法に維持することを期待するのでしたら、常に「更新」し、植物を若返らせ続けることです。決して、大きく育てるだけが当初の要望ではなかったはずです。私たちの生活環境に見合った植物の大きさ、植木鉢のサイズ、そして瑞々しく成長し続ける植物の姿を見たい、それが本来の目的であったはずです。古木の姿を愛でる盆栽仕立ての植物の場合は、この限りではありませんが。
街を彩る街路樹だって同じことが言えます。整然と8~10㍍間隔で植え付けられた街路樹の根元が大きく育ち、舗装道路の縁石を押して壊している状態を多く見かけます。また、街路樹の根部が大きく育って、歩道部分のコンクリート平板をデコボコに押し上げている状態、道路管理する官公庁が手をやいておられる様子も多々見受けるところです。大きく育ち過ぎた街路樹は伐採することです、その傍らに小苗を植えておき、その小苗を育て成長を愛でる、そんな市街地の植物に対する「優しさ」、「更新」の発想が求められていると思います。
新型コロナウイルスの蔓延で、色々な意味で世界中が大荒れです。庭先やベランダ等で苔玉を楽しみながら、世代交代を重ね「更新」する植物たちの生命の連鎖に思いを馳せている此の頃です。
執筆者紹介 – S.Miyauchiさん
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。