【苔玉に寄せて】Vol.27〜苔の育つ環境

苔の育つ環境

 間もなく八十八夜、青葉、若葉の美しい季節となります。じっと我慢、寒い乾燥期を耐え忍んできた私たちの「苔」も、他の植物たちよりも一足早く新緑の候を迎えています。

 「苔玉」の苔は、主に常緑性の植物です。寒い冬ではあっても炭酸同化作用をし、蒸散活動をしており、適度な空中湿度のある環境下で生命活動を営んでいます。しかし、太平洋側の冬は乾燥した寒風吹きすさび、苔にとってはまことに厳しい季節でした。乾燥しきった北西の風は、否応なしに苔・体内の水分を奪い取り、本来緑濃いはずの苔面は惨めにも茶褐色に表面枯死せざるを得ませんでした。でも、苔は極めて丈夫な植物です、適度な空中湿度がもたらされる季節が巡って来れば根本から、あるいは胞子の形で生きながらえて居た苔の子孫たちが、緑の苔を吹き返してくれます。苔の新緑が吹き返して来る生命力に触れると、嬉しくなってきます。

苔のある風景

 自然界で「苔」景観の美しい場所は、その殆どが日本海側に多く見られます。奥入瀬渓流、奥只見渓流、鳥取大山の渓流域等の苔等々でした。奥日光の渓流、富士山麓の樹海、京都西芳寺(苔寺)の苔等々、太平洋側にも素晴らしい「苔」景観がありますが、これらは全て渓流域等、空中湿度が高い条件下にあります。空中湿度は高いが帯水する場所には、決して素敵な「苔」景観を見ることはありません。

 庭先や公園などの身近な私たちの生活環境下でも、注意深く観察すると、素敵な苔の自生を見ることができます。比較的、北~東面の空中湿度を保つことの容易な木陰で、水捌けのよいなだらかな勾配地には、面積の大小にかかわりなく、苔の自生を見ること、しばしばです。

 幼い頃、私は昆虫採集、植物採集などを目的として、身近な里山、薪炭林などを、よく歩き回りました。こうした身近な山林・原野にも、以前はもっと多くの苔があったことを思い出します。下草刈などの、山掃除の行われなくなった作今は、残念ながら、以前ほどに苔を見ることがなくなりました。下草類が背高く伸びすぎて、「苔」地面まで太陽光が届かなくなったからだと、思います。

 身近な生活環境下、あるいは苔景観の素晴らしい渓流地等々、苔が育つ環境を知ることで、苔玉等の苔園芸を充実していきたいと、考えております。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

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