【苔玉に寄せて】Vol.38〜桜の苔玉

桜の苔玉

 桜は日本の国花として、私たち日本人に愛され馴染み深い植物です。3月~4月にかけて咲き誇る桜花の下で、「花見」する風流心は、私たちの心の年中行事に組み込まれています。桜花爛漫の下で酒を酌み交わし、花見弁当を楽しむ「花見桜」は、樹高3m以上から数10mの大木の下です。豊臣秀吉が生涯に京都の醍醐寺と奈良の吉野山で二度にわたり豪華絢爛な大花見を行ったことでも良く知られている桜は「ヤマザクラ」でした。

 現在の桜の名所で主に植えられている桜は「染井吉野」という品種です。「染井吉野」という品種は、江戸時代末期に江戸染井地区(今の駒込付近)の某植木屋が上野公園等に植え付けたのが始まりと言われています。「染井吉野」は葉が出る前に花が樹幹いっぱいに咲く艶やかさから、特に明治以降各所に植えられるようになったのでした。日米交流の象徴として、米国の首都ワシントンのポトマック河畔の桜並木は、1世紀以上前に東京市から贈られたもので、その後の日米関係の激動も乗り越え、毎年、見事な花を咲かせていること、周知のごとくであります。

 そんなことから、「サクラの苔玉」がずっと以前から人気を博して来たようです。ところで、苔玉仕立で楽しむ桜花は、15~30㎝程度の極めて低い樹高で楽しみます。同じ「桜」ではありますが、お花見する染井吉野桜と、苔玉に仕立てて楽しむ桜とは、品種が大きく異なります。苔玉などの園芸では、幼木の内に開花させる必要があります。なんの植物に依らず、幼木の頃から開花・結実する植物品種群を「一歳もの」といいます。一歳桜を選んで苔玉に仕立てる、ということです。具体的には「富士桜」「八房富士桜」等の系統が苔玉等、小品盆栽に用いられています。

 明治以降、その艶やかさ故に国威発揚のスローガンの下、大量に植え付けられてきた「染井吉野」桜は、天狗巣病、根頭癌腫病等の病害に弱く、寿命50~60年程度とされています。そのために、50~60年程度で花見桜の名所が移動・変遷しております。心ある専門家の間で、「果たして染井吉野だけでいいのだろうか?」という疑問、そして問題点が提起されつつあります。桜の苔玉を見ながら、心の片隅に100年の歴史の中の桜を考えなければと思います。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

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