【苔玉に寄せて】Vol.81~園芸、発想素人・実行玄人
園芸、発想素人・実行玄人
苔玉作りを始めて45余年の月日を経過しました。この間、概ね1000余種の植物たちを苔玉に仕立ててきました。この植物を苔玉という形に仕立てて、果たして順調に育ってくれるのだろうか?・・・上手く育ったとしても、多くの園芸を愛好される方々に支持してもらえるのだろうか?・・・等々、暗中模索の日々でした。
そんな中で、「このバラ、苔玉に仕立てたら素敵じゃないかしら!?・・・」と、真赤なミニチュアローズ等々を買ってくる妻、娘たちでした。どちらかと言うとケヤキ、クロマツ、モミジ等の「和物植物」の苔玉をイメージしていた園芸プロフェッショナルを自負していた私でした。
結果・・・
赤、黄、ピンクのミニチュアローズの苔玉もかなりの人気苔玉となる、年末~年始を華やかに彩るミニシクラメンの苔玉も大人気でした。園芸のド素人であった妻、娘たちに脱帽です。「俺は園芸のプロだ!」という思い込み・・・タジタジです。世に言う「発想は素人・実行は玄人」を、再認識したことでした。世に言う、「素人」の方々の思い描く理想を、形として実現していくことこそが「玄人」の務め・・・「素人」の夢にこそ、未来が潜んでいるのでしょう。
私が園芸の世界に飛び込んでより56余年になります。
それ以前、4~6歳の食糧難の時代、私はオランダ坂を上りつめた長崎港を一望する高台(長崎市東山手)に育ちました。拙宅の下段に位置した洋館建ての家屋に、占領米軍の長崎地区司令官一家が居しておりました。その米人宅のファミリーに、私と同い年の金髪の乙女がおりました。私は、毎日金髪の乙女宅に遊んでいました。決して金髪の乙女に恋した訳ではない、ただ只管、お八つに出してもらえるホットケーキが目的だったんです。戦後間もない日本国は、厳しい食糧難の最中、ホットケーキは「甘い夢の菓子」でした。しかも、ホットケーキ・デートの舞台は、華やかなシャンデリアの吊るされたサンルーム、広い春先の庭にはチューリプ、パンジー、デージーなどが美しく咲誇っていました。
一方、私の住む庭にはイモ、菜っ葉等の野菜が栽培、「なんて小汚い庭」なんだろう・・・・? 食糧難のご時世の読めない、不満タラタラの少年時代でした。いつの日にか、金髪の少女宅のような、花いっぱいの庭のある家に住みたい。「三つ子の魂百まで」 ・・・。僅かばかりの小遣いで、チューリップの球根を買い、花の種子を買い・育てる小・中学時代、そして大学進学に当たっては「園芸学」を選んだことでした。
「発想素人・実行玄人」
・・・ 幼い頃・わが身に立ち返って、改めて園芸そして苔玉に思いを致しています。
執筆者紹介 – S.Miyauchiさん
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。