Posts in Category: 苔玉に寄せて

【苔玉に寄せて】Vol.28〜IT機器と苔玉

IT機器と苔玉

 私たちの毎日の生活は、多くの情報が飛び交う中にあること、先刻ご承知の通りです。これら多くのの情報を処理するために、私たちはパソコンに始まって、多くのIT機器と否応なしに着きあわざるを得ない毎日です。

 私のパソコンラックの周辺にも、パソコン本体に始まってキーボード、プリンター、スキャナー、更にCDケースの中にCDやらDVDがいっぱい、各種の印刷用紙、照明器具、また音楽鑑賞のための小型ステレオコンポ、スピーカー等が居座っています。

 これらの無機質なIT機器と対峙せざるを得ない毎日に、いつしか疲れを感じることしばしばです。でも、机上の一角にチョコンと遠慮気に座った苔玉にふと眼を奪われ、小さな緑の苔を見つめて、しばし心安らぎ癒されることがよくあります。水をたっぷりと緑の体内に蓄えた瑞々しい苔に、深い生命の息吹を感じるのです。何とも嬉しくなってきます。無機質なIT機器と、一見無関係な感ある生命ある植物の同居に、ほっとするんです。

 私たちの生活の多くの部分に、今後ともIT機器は多様に関わってくることでしょう。私たちの体そのものは有機質です、無機質だけのIT等空間に生き続けることは、砂漠をさ迷うようなものでしょう。小さいながらもオアシスを欲しくなること、疑う余地ないことでしょう。無機質なIT機器空間に、細やかな水と緑をもたらす苔玉に感謝です。

 また、苔玉は小さな小さな景観の中に四季折々の変化を演じてくれます。今は初夏の新緑、夏は濃緑下に涼をもたらし、秋には果実の充実・紅葉を演じ、晩秋は落葉して枯淡を演じ、翌春には芽吹きの喜びをもたらしてくれ、春爛漫の開花を演じてくれます。

 小さいけれど大自然を演じてくれる苔玉に感謝!

 

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.27〜苔の育つ環境

苔の育つ環境

 間もなく八十八夜、青葉、若葉の美しい季節となります。じっと我慢、寒い乾燥期を耐え忍んできた私たちの「苔」も、他の植物たちよりも一足早く新緑の候を迎えています。

 「苔玉」の苔は、主に常緑性の植物です。寒い冬ではあっても炭酸同化作用をし、蒸散活動をしており、適度な空中湿度のある環境下で生命活動を営んでいます。しかし、太平洋側の冬は乾燥した寒風吹きすさび、苔にとってはまことに厳しい季節でした。乾燥しきった北西の風は、否応なしに苔・体内の水分を奪い取り、本来緑濃いはずの苔面は惨めにも茶褐色に表面枯死せざるを得ませんでした。でも、苔は極めて丈夫な植物です、適度な空中湿度がもたらされる季節が巡って来れば根本から、あるいは胞子の形で生きながらえて居た苔の子孫たちが、緑の苔を吹き返してくれます。苔の新緑が吹き返して来る生命力に触れると、嬉しくなってきます。

苔のある風景

 自然界で「苔」景観の美しい場所は、その殆どが日本海側に多く見られます。奥入瀬渓流、奥只見渓流、鳥取大山の渓流域等の苔等々でした。奥日光の渓流、富士山麓の樹海、京都西芳寺(苔寺)の苔等々、太平洋側にも素晴らしい「苔」景観がありますが、これらは全て渓流域等、空中湿度が高い条件下にあります。空中湿度は高いが帯水する場所には、決して素敵な「苔」景観を見ることはありません。

 庭先や公園などの身近な私たちの生活環境下でも、注意深く観察すると、素敵な苔の自生を見ることができます。比較的、北~東面の空中湿度を保つことの容易な木陰で、水捌けのよいなだらかな勾配地には、面積の大小にかかわりなく、苔の自生を見ること、しばしばです。

 幼い頃、私は昆虫採集、植物採集などを目的として、身近な里山、薪炭林などを、よく歩き回りました。こうした身近な山林・原野にも、以前はもっと多くの苔があったことを思い出します。下草刈などの、山掃除の行われなくなった作今は、残念ながら、以前ほどに苔を見ることがなくなりました。下草類が背高く伸びすぎて、「苔」地面まで太陽光が届かなくなったからだと、思います。

 身近な生活環境下、あるいは苔景観の素晴らしい渓流地等々、苔が育つ環境を知ることで、苔玉等の苔園芸を充実していきたいと、考えております。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.26〜苔景観と生活空間の苔

苔景観と生活空間の苔

 自然界で苔の織りなす景観は、多くの人に感動をもたらしてくれます。奥入瀬渓流、富士山麓の樹海、屋久島を流れる河川域の苔など、多くの人たちの知るところです。その他にも会津地方の奥只見、黒部川流域、熊野古道沿い、鳥取大山の山間部を流れる河川域など山間部を洗う渓流に貼り行く苔の美しさに魅了されてきました。

 一方で、京都西芳寺(苔寺)の苔庭に代表される人工の苔景観に、ほっと安堵させられます。美しい苔の魅力にひかれて寺院や庭園を訪れる人も多く見かけます。路地に苔を張り詰めたり、苔の張り付いた庭石を愛でたりするなど、苔を主体とした個人の庭園も多くあります。

 私はよく散歩します。居住するつくば市近辺は、整備された道路・都市公園があり、近辺には田畑が広がり、ちょっと足を延ばすと里山風景豊かな環境に恵まれています。散歩の途中、目を凝らし、しみじみと地面を見つめると、道端にひっそりとそこかしこに苔が密かに息づいていることに気づき、見るものに安らぎをもたらしているようです。インテリアとしても人気があり、苔盆栽、苔玉として楽しまれまた、最近では大きな壁面を苔で覆い尽くす手法も見られます。高温多湿の日本列島に暮らす私たちの生活や文化に苔は深い関わりを持ち、その魅力を語りかけているようです。苔の魅力の一端を私たちの生活に取り入れ、細やかながらも苔の持つ素晴らしさを知って頂ければと・・・・・「苔玉」に至ったことでした。

 人気が高まってくると「苔」の需要が高くなります。品種にもよりますが、苔は従来、自然界からの採取「山採り」が主体でした。最近では山掃除と称する山野の下草刈り管理が行われなくなり、太陽光線が地表苔面まで届かず、苔の自然増殖が厳しくなっているといいます。また、山採り専門の古老に聞かされます・・・
最近の山採り採取者は根こそぎ採ってしまう、来年、再来年の採取も考慮して、採取して欲しい・・・という声を耳にします。山採りでは間に合いそうにないという反省から、山形県、新潟県、富山県など日本海側の地方で、かなり大規模に苔の栽培・生産が行われるようになり、嬉しいことです。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.25〜マツの苔玉 その後

マツの苔玉 その後

マツの代表格は通称「雄松」と呼ばれるクロマツですが、「雌松」と呼ばれるアカマツ、形の端正に纏まったゴヨウマツ等があります。新春を寿ぐマツの苔玉や盆栽・盆景には「クロマツ」が使われることが多いようです。

正月はとっくに終わりました。

当の苔玉仕立てのクロマツをそのまま部屋の片隅に放置していませんか。戸外では寒いだろうと室内に置きっ放しにしたために、早々に新芽が動き伸び始め、その雄々しい姿を喜んでいたのも束の間、いつの間にか長く軟らかく徒長したクロマツになってしまい、節間が間延びして、当初の樹形とは似ても似つかぬ哀れな形の崩れた樹形となり、がっかりしていませんか。

本来、マツは寒さに強い植物です。寒風にさらし、剛健かつ凶刃に育てなければなりません。
室内で軟弱な温室育ちにしてしまっては、ダメにしてしまいます。

寒風にさらし強面に育てた上で、たくましい新芽が出る時期4月下旬~5月上旬には、間延びして育った強い枝は切除し、周囲のか弱い枝の方の頂芽を痛めつけて伸ばす「マツの緑摘み」作業を施して、樹形を整えていかなければなりません。

新年、マツの苔玉を寿ぎましたら、苔玉本体の凍結を避けながら、寒風吹きすさぶ戸外に出して頂いて構いません。
かわいい子には厳しい冬を乗り切る力をつけてやってこそ、本来のマツに対する愛情に他なりません。

苔玉部分の乾燥、とりわけ、夏場のマツ全体の根部の乾燥による痛みも心配されます。その場合は、一端苔玉をバラしてしまい、鉢植にする方がベターかもしれません。そして固形油粕等を施肥しておき、立派な新芽の萌芽を促し、次の年末に再度苔玉仕立てにしてお楽しみ頂いてもいいのではないでしょうか。

四季の変化に富む日本列島で、園芸植物を維持管理するに当たっては、寒さ暑さや乾燥・湿度等、上手に乗り切る工夫が必要になり、場所それぞれ人それぞれに、変わっていて当然です。

 

マツと限らず、古木になるにつれて根部が肥大し、地表面に現れてきます。この姿を「根上がりの松」といって、その古木風情を楽しむといいでしょう。緑の苔の丘に、盛り上がった黒褐色のマツの根部、この風情こそがマツの盆景の魅力にほかなりません。

苔玉仕立てのマツの根元の苔部分が広くて、少々もの寂しいと感じられる方もいらっしゃるでしょう。その場合は、広く感じる緑の苔部分に割箸等で穴をこじ開けて、その穴にラン科植物「トキソウ」の球根等を添えて、楽しまれたらいいと思います。あるいは、上手くいくようでしたら「ツクシンボ」などを植えて、お楽しみになるのも一興です。

今年の冬は寒い! 山々は雪に埋まり、山採りコケの採取は大変です。でも、深く積もった雪の下で緑のコケは元気に春を待っています。

春が楽しみです。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.24〜梅の苔玉

梅の苔玉

厳しい寒さの中、凛と開花する紅白の梅が、新春の息吹をもたらしています。
濃緑の苔の丘に赤、ピンク、白花の苔玉仕立盆景の梅も園芸店頭を賑わしています。一足早い早春の訪れに、心躍り身の引き締まる思いです。

苔玉で花を楽しんだ後に、5~6月には梅の果実も着け楽しみたいと希望される方も多く、「どうしたらいいの?」と問われること、しばしばです。花が咲いたら果実が着く、自然の成り行きで、期待されるのは当然でしょう。

 

ウメという植物には、同じ品種の雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)の間では決して結ばない、「自家不和合性」という性質があります。同一親族間で結婚しては「ウメ」という種が弱体化して行く、ということを本能的にウメは知っており、それを避けているんです。ウメに結実させるには、必ず異なる品種のウメが1本ずつ必要です。

「いやそんなことはない、うちの庭先の梅は、1本でも毎年必ず実を着ける」と、言われることもしばしばです。「家主の知らぬ間に、隣近所の庭先にある梅と浮気してますよ」と説明、「そういえば確かに三軒先に梅の木があったなぁ!」と、一件落着。

それでもなお、1本でも結実する場合があります。白梅に紅梅を接木した、めでたい紅白の梅の木など、人為的に1本の木に2品種を同居させた場合です。おめでたい紅白で、結婚も成立させる、先人の知恵に敬服します。観梅で有名な水戸の偕楽園には、約100品種のウメが、計300余本、植えられています。その結果、6月頃に梅の実の収穫が行われています。

5~6月に梅の苔玉に果実を期待されるのならば、全く異なる品種の梅の苔玉を1本ずつ、計2本、並べてお楽しみください。苔玉の梅の木に、見事な果実が着く、素晴らしい景観となることでしょう。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。