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【苔玉に寄せて】Vol.26〜苔景観と生活空間の苔

苔景観と生活空間の苔

 自然界で苔の織りなす景観は、多くの人に感動をもたらしてくれます。奥入瀬渓流、富士山麓の樹海、屋久島を流れる河川域の苔など、多くの人たちの知るところです。その他にも会津地方の奥只見、黒部川流域、熊野古道沿い、鳥取大山の山間部を流れる河川域など山間部を洗う渓流に貼り行く苔の美しさに魅了されてきました。

 一方で、京都西芳寺(苔寺)の苔庭に代表される人工の苔景観に、ほっと安堵させられます。美しい苔の魅力にひかれて寺院や庭園を訪れる人も多く見かけます。路地に苔を張り詰めたり、苔の張り付いた庭石を愛でたりするなど、苔を主体とした個人の庭園も多くあります。

 私はよく散歩します。居住するつくば市近辺は、整備された道路・都市公園があり、近辺には田畑が広がり、ちょっと足を延ばすと里山風景豊かな環境に恵まれています。散歩の途中、目を凝らし、しみじみと地面を見つめると、道端にひっそりとそこかしこに苔が密かに息づいていることに気づき、見るものに安らぎをもたらしているようです。インテリアとしても人気があり、苔盆栽、苔玉として楽しまれまた、最近では大きな壁面を苔で覆い尽くす手法も見られます。高温多湿の日本列島に暮らす私たちの生活や文化に苔は深い関わりを持ち、その魅力を語りかけているようです。苔の魅力の一端を私たちの生活に取り入れ、細やかながらも苔の持つ素晴らしさを知って頂ければと・・・・・「苔玉」に至ったことでした。

 人気が高まってくると「苔」の需要が高くなります。品種にもよりますが、苔は従来、自然界からの採取「山採り」が主体でした。最近では山掃除と称する山野の下草刈り管理が行われなくなり、太陽光線が地表苔面まで届かず、苔の自然増殖が厳しくなっているといいます。また、山採り専門の古老に聞かされます・・・
最近の山採り採取者は根こそぎ採ってしまう、来年、再来年の採取も考慮して、採取して欲しい・・・という声を耳にします。山採りでは間に合いそうにないという反省から、山形県、新潟県、富山県など日本海側の地方で、かなり大規模に苔の栽培・生産が行われるようになり、嬉しいことです。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.25〜マツの苔玉 その後

マツの苔玉 その後

マツの代表格は通称「雄松」と呼ばれるクロマツですが、「雌松」と呼ばれるアカマツ、形の端正に纏まったゴヨウマツ等があります。新春を寿ぐマツの苔玉や盆栽・盆景には「クロマツ」が使われることが多いようです。

正月はとっくに終わりました。

当の苔玉仕立てのクロマツをそのまま部屋の片隅に放置していませんか。戸外では寒いだろうと室内に置きっ放しにしたために、早々に新芽が動き伸び始め、その雄々しい姿を喜んでいたのも束の間、いつの間にか長く軟らかく徒長したクロマツになってしまい、節間が間延びして、当初の樹形とは似ても似つかぬ哀れな形の崩れた樹形となり、がっかりしていませんか。

本来、マツは寒さに強い植物です。寒風にさらし、剛健かつ凶刃に育てなければなりません。
室内で軟弱な温室育ちにしてしまっては、ダメにしてしまいます。

寒風にさらし強面に育てた上で、たくましい新芽が出る時期4月下旬~5月上旬には、間延びして育った強い枝は切除し、周囲のか弱い枝の方の頂芽を痛めつけて伸ばす「マツの緑摘み」作業を施して、樹形を整えていかなければなりません。

新年、マツの苔玉を寿ぎましたら、苔玉本体の凍結を避けながら、寒風吹きすさぶ戸外に出して頂いて構いません。
かわいい子には厳しい冬を乗り切る力をつけてやってこそ、本来のマツに対する愛情に他なりません。

苔玉部分の乾燥、とりわけ、夏場のマツ全体の根部の乾燥による痛みも心配されます。その場合は、一端苔玉をバラしてしまい、鉢植にする方がベターかもしれません。そして固形油粕等を施肥しておき、立派な新芽の萌芽を促し、次の年末に再度苔玉仕立てにしてお楽しみ頂いてもいいのではないでしょうか。

四季の変化に富む日本列島で、園芸植物を維持管理するに当たっては、寒さ暑さや乾燥・湿度等、上手に乗り切る工夫が必要になり、場所それぞれ人それぞれに、変わっていて当然です。

 

マツと限らず、古木になるにつれて根部が肥大し、地表面に現れてきます。この姿を「根上がりの松」といって、その古木風情を楽しむといいでしょう。緑の苔の丘に、盛り上がった黒褐色のマツの根部、この風情こそがマツの盆景の魅力にほかなりません。

苔玉仕立てのマツの根元の苔部分が広くて、少々もの寂しいと感じられる方もいらっしゃるでしょう。その場合は、広く感じる緑の苔部分に割箸等で穴をこじ開けて、その穴にラン科植物「トキソウ」の球根等を添えて、楽しまれたらいいと思います。あるいは、上手くいくようでしたら「ツクシンボ」などを植えて、お楽しみになるのも一興です。

今年の冬は寒い! 山々は雪に埋まり、山採りコケの採取は大変です。でも、深く積もった雪の下で緑のコケは元気に春を待っています。

春が楽しみです。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.24〜梅の苔玉

梅の苔玉

厳しい寒さの中、凛と開花する紅白の梅が、新春の息吹をもたらしています。
濃緑の苔の丘に赤、ピンク、白花の苔玉仕立盆景の梅も園芸店頭を賑わしています。一足早い早春の訪れに、心躍り身の引き締まる思いです。

苔玉で花を楽しんだ後に、5~6月には梅の果実も着け楽しみたいと希望される方も多く、「どうしたらいいの?」と問われること、しばしばです。花が咲いたら果実が着く、自然の成り行きで、期待されるのは当然でしょう。

 

ウメという植物には、同じ品種の雄蕊(おしべ)と雌蕊(めしべ)の間では決して結ばない、「自家不和合性」という性質があります。同一親族間で結婚しては「ウメ」という種が弱体化して行く、ということを本能的にウメは知っており、それを避けているんです。ウメに結実させるには、必ず異なる品種のウメが1本ずつ必要です。

「いやそんなことはない、うちの庭先の梅は、1本でも毎年必ず実を着ける」と、言われることもしばしばです。「家主の知らぬ間に、隣近所の庭先にある梅と浮気してますよ」と説明、「そういえば確かに三軒先に梅の木があったなぁ!」と、一件落着。

それでもなお、1本でも結実する場合があります。白梅に紅梅を接木した、めでたい紅白の梅の木など、人為的に1本の木に2品種を同居させた場合です。おめでたい紅白で、結婚も成立させる、先人の知恵に敬服します。観梅で有名な水戸の偕楽園には、約100品種のウメが、計300余本、植えられています。その結果、6月頃に梅の実の収穫が行われています。

5~6月に梅の苔玉に果実を期待されるのならば、全く異なる品種の梅の苔玉を1本ずつ、計2本、並べてお楽しみください。苔玉の梅の木に、見事な果実が着く、素晴らしい景観となることでしょう。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.23〜「苔玉」、その後

「苔玉」、その後

 年末年始の園芸店には、クロマツやヤブコウジ、ナンテン、ポインセチア等の木本性の植物や、シクラメンやフクジュソウ等の草本性の植物が、クリスマス、正月気分を賑わしています。これらの年末年始の園芸植物を「苔玉」として楽しむ方も多くみられます。

「苔玉って、どの程度の期間、楽しめますか?」って、苔玉愛好家の皆様々から問われること、しばしばです。「管理次第で3年~5年間は楽しめます」と、お答えすることで終わる場合がほとんどです。しかし、「植物の種類によりけりで、大きく異なります」といった方が正解だといえます。植物は「宿根性」と「1~2年生性」植物に大別されます。

 

「1~2年生性植物」の苔玉は当然ながら1~2年間だけ楽しんで終了となること、致し方ありません。これらの植物の苔玉は、1~2年だけ楽しめば、十分でしょう。”管理次第で3年~5年~10年間は楽しめる”であろう、「宿根性植物」が課題となってまいります。

長期間、苔玉として楽しめる「宿根性植物」には草本性の植物と木本性の植物、端的に言えば「草」と「木」があります。草に該当するモノとして、コクリュウ、タマリュウノヒゲ、フッキソウ等の常緑性苔玉を見かけます。これらは、草丈は余り伸長はしないが草勢強く、苔面を覆いつくして「苔玉」ならぬ「草玉」に成長・変化していき、あまり問題になりません。

紅チガヤ、斑入りのススキ等の落葉性草「苔玉」は、冬期間は苔だけが緑の状況で、「枯淡」の美を楽しまれたらいいと思います。

 

セローム、オリズルラン、トラデスカンチャー等の観葉植物系の常緑・草・苔玉を楽しまれた方も多いと思います。これら観葉植物系の常緑草は極めて成長が早く、苔玉姿のままを維持することが難しくなります。苔玉根部をばらして、鉢植えとして切り替え楽しむのが得策でしょう。少々大きめの苔玉にしたいと思われる向きには、既存の苔玉根部表面に二重に苔を張り足し、上部と根部のバランスをとって鑑賞するのも一方法です。

シクラメンなどの花物・苔玉は、夏場の管理次第で翌年も開花を楽しめますが、年々老化が進み、徐々に花付きが悪くなってきます。若い今年苗の苔玉を楽しまれるべきでしょう。

クロマツやヤブコウジ、ナンテンなどの和モノ「木」の苔玉は長期間にわたって楽しめます。ケヤキ、モミジ類、雑木類の苔玉には、落葉期冬場の味わいを深めるために、コクリュウ、タマリュウノヒゲ等の常緑性下草を添植します。すっかり馴染んだ和モノ「木」と「苔」は、味わい深いものです。

 

 

長期間、苔玉として楽しめる「宿根性植物」の場合、苔部分が茶褐色に痛んだものを、多く見かけます。この場合は、古い苔を剥がして、緑深い新たな苔に張り替えています。緑の「苔」の丘に黒松、真っ赤な南天の葉、万両や藪柑子の赤や白い実の佇まい、年末・年始にわたって、苔玉をお楽しみ下さい。

 

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.22〜玄人の当然は素人の驚き

玄人の当然は素人の驚き

 どうして、こんなにわかり切ったことを質問されるのだろうか?と、園芸(苔玉など)をお話しするなかで思うことがしばしばあります。私は一介の園芸のプロ、疑問を抱き質問される方は全くの初心者だから仕方がないのかもしれません。

 そうした幾つかの事例をお話ししましょう。

 

①.「この植物は、花が咲きますか?」

 よく受ける質問です。花が咲くということは、植物にとっては子孫を増やすための生殖作用に他なりません。花が咲き、実をつけてこそ、植物の次世代を残す生殖作用です。どんな植物でも必ず「花を咲かせます」。さらに突っ込んで考えてみると、「観賞価値がある花がさくのかな?」という、ご質問だったのかもしれませんネェ!

 

②.必ず「実を着けますか?」

 花がけば雌蕊に花粉(雄蕊)が受粉して、実を着けるのが自然の摂理です。でも私たち人間の都合で、八重咲の花などに品種改良されたものには、実を着けることは殆どありません。雌蕊や雄蕊が、花弁などに品種改良されて「八重咲」になされたことに依ります。大輪八重咲のバラ、八重咲大輪のキク、八重咲のカーネーション、八重咲のツバキ等がいい例です。

 

③.では、八重咲の美しい花はどんな方法で子孫繁栄させるのでしょう。

挿し木、接ぎ木等の方法に依って子孫を残し、増やします。これらの方法を「栄養繁殖」といいます。これに対して種子を採って繁殖させる方法を「実生繁殖」といいます。

 

④.「この素敵なバラの花!・・・・・挿木で増やそうかな!」

 安易に仰る。それはダメですョ!、今、園芸店に出回っているバラ苗の全ては、接ぎ木された苗です。因みに鑑賞の対象とする植物を、私たち人間の都合で、自然の色、形、香りなど以上に品種改良してしまったモノは、殆どの場合、病虫害への抵抗力などが自然のモノに比べるとひ弱な体質に変化してしまっています。野バラなど、丈夫な野生種を台木として接ぎ木して、病虫害などにも十分耐える「バラの苗木」を作っているのです。モモ、クリ、カキ、ナシ、ブドウ、リンゴなどの果樹の苗も同様の方法で生産されています。

 

 

 正に「玄人の当然は素人の皆様の驚き!」を、園芸のあらゆる場面で体現し、もっと丁寧な対応をしなければナァ!と、反省すること、枚挙に暇がありません。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。