台風一過、日本列島は、雨の多い空中湿度の高い鬱陶しい日々を迎え、思いもよらぬ災害にまで見舞われています。こんなじめじめした季節を喜んでいるのが外ならぬ苔たちです。
私たちが生活する極、身近な場所でも、至る所に苔は生えています。その環境に対する適応能力には驚かされます。余りにも小さな植物であるために、気に留めることがないし、殆どの場合見過ごしてしまいます。人々の行きかうことの多い街中でも、散歩がてらに歩く公園や農道際でも、注意してみると意外と至る所に苔は生息しています。この機会に、身近な苔たちを観察するのは楽しいものです。手をかけて苔を育ててみると失敗することが多いのですが、勝手に生えている苔たちは強かに生き抜いており、その生命力に唖然とさせられます。
私は今集合住宅に住んでいますが、中庭の灌木寄せ植えの東側と北側の足元には2~3種類の苔が目立たないけど元気かつ、強かに生えています、部分的には苔たちの独壇場で緑の絨毯を展開しています。過日、買い物がてら都内銀座通りを歩きましたが、植え込みの北側、御影石の歩石と歩石の目地部分にも、強かに生えている苔たちに、「よく頑張っとるナァ!」って、心密かに声をかけた次第でした。
出張で全国至る所を歩き回りローカル列車の旅を楽しんでいますが、線路沿いの北側向きのコンクリートの壁面が、苔で覆い尽くされている光景を見かけること、しばしばです。苔で緑なす壁面をみると、嬉しくなってしまいます。駅ホームの壁面の苔に見惚れて、一時間後の後続列車まで人気の全くない無人駅のホームで、ボケーっと、ただ苔を見ながら、過ごしたことが幾度かありました。
学生時代には、夏山登山で鳥取県の大山を何度も歩いたことがあります。山頂付近の残雪を溶かす渓流沿いの苔の群生は見事だったこと、目に焼き付いております。また、新潟県奥只見や青森県奥入瀬の渓流沿いの苔たちも見事でした。
若かりし頃職務柄、神奈川県と静岡県を往復することがしばしばありましたが、途中、白糸の滝や樹海の苔の群生も忘れられない緑です。
極めて小さく目立つことのない、「たかが苔、されど苔たち」です。人の立ち入りを拒む大自然界から、人込みでごった返す銀座の通りまで、苔たちは強かに生息域を守っています。空中湿度の高い今、身近に生息する苔たちを、しっかり観察してみては如何でしょう。そうして頂くことで、お手元の「苔玉」たちの最も喜ぶ姿が見えてくると思います。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
極めて背が低い植物、余程注意深く目を凝らさないと見落としてしまう「苔」。私たちの生活空間の至る所に苔は密かに生息しています。瑞々しい緑色の苔玉が多くの園芸愛好家に親しまれていること、それは苔の生命力だと思います。
多くの場合、苔玉は室内で観賞されています。苔もその体内に葉緑素を持ち光合成を行なう列記とした植物です。だから、光合成を促すためにある程度の太陽光は絶対に必要な条件です。くれぐれも日当たりに注意してやらなければなりません。苔植物は薄暗い日当たりのない場所に育つものという、固定観念で苔玉を管理しておられる方を多く見かけます。結果として苔面が黒ずんだ状態になり、どうしたらいいのだろう? と、途方に暮れておられる。これ、正に苔が枯れてしまったということです。苔玉として作った当初は美しい緑の苔面、この状態を維持し長持ちさせるには、ある程度の日光が絶対に必要だということを忘れないで下さい。
太陽光に照らせば、苔面は乾燥します。当然のことながら潅水が必要になります。水を遣って、そのまま太陽光線下にさらしたままで放置してはいけません。苔植物を栽培するに当たって最も大切なことは、決して蒸れた状態にしないことなんです。6月以降、夏の強い日射しの中で苔面に散水すると、蒸れた状態になってしまいます。強い日射しの下で水を遣って放置するのは、「蒸れた状態」を作ることになってしまいます。苔には、「蒸れ」は絶対禁物なんです。
苔玉を愛おしみ楽しんでおられるその殆どは、大の園芸愛好家です。ついつい可愛がり過ぎてしまう傾向があります。もっと元気に育てたいとの思いに駆られる心の内は、当然の成り行きでしょう。それではと、肥料を与えたくなる・・・・・とんでもない、肥料を与えてはいけません。何がしかの肥料を与えた結果、殆どの場合、苔は全滅します。じっと目を凝らしてみると、富士山頂から東京銀座の側溝まで、私たちが住む日本列島の至る所に、苔は元気に生息しています。苔たちが元気に自然生息するこれらの場所には、殆ど肥料っ気はありません。
大自然界の苔を観察・楽しむには、梅雨の時期が一番です。たっぷりと体内に水を含み、生き生きとした苔たちが、濃淡様々な緑色で、私たちにその魅力を語り掛けてくれます。緑なす大自然界の苔を楽しみながら学ぶのが、苔玉管理のコツのコツかもしれません。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
私たちの毎日の生活は、多くの情報が飛び交う中にあること、先刻ご承知の通りです。これら多くのの情報を処理するために、私たちはパソコンに始まって、多くのIT機器と否応なしに着きあわざるを得ない毎日です。
私のパソコンラックの周辺にも、パソコン本体に始まってキーボード、プリンター、スキャナー、更にCDケースの中にCDやらDVDがいっぱい、各種の印刷用紙、照明器具、また音楽鑑賞のための小型ステレオコンポ、スピーカー等が居座っています。
これらの無機質なIT機器と対峙せざるを得ない毎日に、いつしか疲れを感じることしばしばです。でも、机上の一角にチョコンと遠慮気に座った苔玉にふと眼を奪われ、小さな緑の苔を見つめて、しばし心安らぎ癒されることがよくあります。水をたっぷりと緑の体内に蓄えた瑞々しい苔に、深い生命の息吹を感じるのです。何とも嬉しくなってきます。無機質なIT機器と、一見無関係な感ある生命ある植物の同居に、ほっとするんです。
私たちの生活の多くの部分に、今後ともIT機器は多様に関わってくることでしょう。私たちの体そのものは有機質です、無機質だけのIT等空間に生き続けることは、砂漠をさ迷うようなものでしょう。小さいながらもオアシスを欲しくなること、疑う余地ないことでしょう。無機質なIT機器空間に、細やかな水と緑をもたらす苔玉に感謝です。
また、苔玉は小さな小さな景観の中に四季折々の変化を演じてくれます。今は初夏の新緑、夏は濃緑下に涼をもたらし、秋には果実の充実・紅葉を演じ、晩秋は落葉して枯淡を演じ、翌春には芽吹きの喜びをもたらしてくれ、春爛漫の開花を演じてくれます。
小さいけれど大自然を演じてくれる苔玉に感謝!
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
間もなく八十八夜、青葉、若葉の美しい季節となります。じっと我慢、寒い乾燥期を耐え忍んできた私たちの「苔」も、他の植物たちよりも一足早く新緑の候を迎えています。
「苔玉」の苔は、主に常緑性の植物です。寒い冬ではあっても炭酸同化作用をし、蒸散活動をしており、適度な空中湿度のある環境下で生命活動を営んでいます。しかし、太平洋側の冬は乾燥した寒風吹きすさび、苔にとってはまことに厳しい季節でした。乾燥しきった北西の風は、否応なしに苔・体内の水分を奪い取り、本来緑濃いはずの苔面は惨めにも茶褐色に表面枯死せざるを得ませんでした。でも、苔は極めて丈夫な植物です、適度な空中湿度がもたらされる季節が巡って来れば根本から、あるいは胞子の形で生きながらえて居た苔の子孫たちが、緑の苔を吹き返してくれます。苔の新緑が吹き返して来る生命力に触れると、嬉しくなってきます。
自然界で「苔」景観の美しい場所は、その殆どが日本海側に多く見られます。奥入瀬渓流、奥只見渓流、鳥取大山の渓流域等の苔等々でした。奥日光の渓流、富士山麓の樹海、京都西芳寺(苔寺)の苔等々、太平洋側にも素晴らしい「苔」景観がありますが、これらは全て渓流域等、空中湿度が高い条件下にあります。空中湿度は高いが帯水する場所には、決して素敵な「苔」景観を見ることはありません。
庭先や公園などの身近な私たちの生活環境下でも、注意深く観察すると、素敵な苔の自生を見ることができます。比較的、北~東面の空中湿度を保つことの容易な木陰で、水捌けのよいなだらかな勾配地には、面積の大小にかかわりなく、苔の自生を見ること、しばしばです。
幼い頃、私は昆虫採集、植物採集などを目的として、身近な里山、薪炭林などを、よく歩き回りました。こうした身近な山林・原野にも、以前はもっと多くの苔があったことを思い出します。下草刈などの、山掃除の行われなくなった作今は、残念ながら、以前ほどに苔を見ることがなくなりました。下草類が背高く伸びすぎて、「苔」地面まで太陽光が届かなくなったからだと、思います。
身近な生活環境下、あるいは苔景観の素晴らしい渓流地等々、苔が育つ環境を知ることで、苔玉等の苔園芸を充実していきたいと、考えております。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
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コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
自然界で苔の織りなす景観は、多くの人に感動をもたらしてくれます。奥入瀬渓流、富士山麓の樹海、屋久島を流れる河川域の苔など、多くの人たちの知るところです。その他にも会津地方の奥只見、黒部川流域、熊野古道沿い、鳥取大山の山間部を流れる河川域など山間部を洗う渓流に貼り行く苔の美しさに魅了されてきました。
一方で、京都西芳寺(苔寺)の苔庭に代表される人工の苔景観に、ほっと安堵させられます。美しい苔の魅力にひかれて寺院や庭園を訪れる人も多く見かけます。路地に苔を張り詰めたり、苔の張り付いた庭石を愛でたりするなど、苔を主体とした個人の庭園も多くあります。
私はよく散歩します。居住するつくば市近辺は、整備された道路・都市公園があり、近辺には田畑が広がり、ちょっと足を延ばすと里山風景豊かな環境に恵まれています。散歩の途中、目を凝らし、しみじみと地面を見つめると、道端にひっそりとそこかしこに苔が密かに息づいていることに気づき、見るものに安らぎをもたらしているようです。インテリアとしても人気があり、苔盆栽、苔玉として楽しまれまた、最近では大きな壁面を苔で覆い尽くす手法も見られます。高温多湿の日本列島に暮らす私たちの生活や文化に苔は深い関わりを持ち、その魅力を語りかけているようです。苔の魅力の一端を私たちの生活に取り入れ、細やかながらも苔の持つ素晴らしさを知って頂ければと・・・・・「苔玉」に至ったことでした。
人気が高まってくると「苔」の需要が高くなります。品種にもよりますが、苔は従来、自然界からの採取「山採り」が主体でした。最近では山掃除と称する山野の下草刈り管理が行われなくなり、太陽光線が地表苔面まで届かず、苔の自然増殖が厳しくなっているといいます。また、山採り専門の古老に聞かされます・・・
最近の山採り採取者は根こそぎ採ってしまう、来年、再来年の採取も考慮して、採取して欲しい・・・という声を耳にします。山採りでは間に合いそうにないという反省から、山形県、新潟県、富山県など日本海側の地方で、かなり大規模に苔の栽培・生産が行われるようになり、嬉しいことです。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
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