Posts in Category: 苔玉に寄せて

【苔玉に寄せて】Vol.23〜「苔玉」、その後

「苔玉」、その後

 年末年始の園芸店には、クロマツやヤブコウジ、ナンテン、ポインセチア等の木本性の植物や、シクラメンやフクジュソウ等の草本性の植物が、クリスマス、正月気分を賑わしています。これらの年末年始の園芸植物を「苔玉」として楽しむ方も多くみられます。

「苔玉って、どの程度の期間、楽しめますか?」って、苔玉愛好家の皆様々から問われること、しばしばです。「管理次第で3年~5年間は楽しめます」と、お答えすることで終わる場合がほとんどです。しかし、「植物の種類によりけりで、大きく異なります」といった方が正解だといえます。植物は「宿根性」と「1~2年生性」植物に大別されます。

 

「1~2年生性植物」の苔玉は当然ながら1~2年間だけ楽しんで終了となること、致し方ありません。これらの植物の苔玉は、1~2年だけ楽しめば、十分でしょう。”管理次第で3年~5年~10年間は楽しめる”であろう、「宿根性植物」が課題となってまいります。

長期間、苔玉として楽しめる「宿根性植物」には草本性の植物と木本性の植物、端的に言えば「草」と「木」があります。草に該当するモノとして、コクリュウ、タマリュウノヒゲ、フッキソウ等の常緑性苔玉を見かけます。これらは、草丈は余り伸長はしないが草勢強く、苔面を覆いつくして「苔玉」ならぬ「草玉」に成長・変化していき、あまり問題になりません。

紅チガヤ、斑入りのススキ等の落葉性草「苔玉」は、冬期間は苔だけが緑の状況で、「枯淡」の美を楽しまれたらいいと思います。

 

セローム、オリズルラン、トラデスカンチャー等の観葉植物系の常緑・草・苔玉を楽しまれた方も多いと思います。これら観葉植物系の常緑草は極めて成長が早く、苔玉姿のままを維持することが難しくなります。苔玉根部をばらして、鉢植えとして切り替え楽しむのが得策でしょう。少々大きめの苔玉にしたいと思われる向きには、既存の苔玉根部表面に二重に苔を張り足し、上部と根部のバランスをとって鑑賞するのも一方法です。

シクラメンなどの花物・苔玉は、夏場の管理次第で翌年も開花を楽しめますが、年々老化が進み、徐々に花付きが悪くなってきます。若い今年苗の苔玉を楽しまれるべきでしょう。

クロマツやヤブコウジ、ナンテンなどの和モノ「木」の苔玉は長期間にわたって楽しめます。ケヤキ、モミジ類、雑木類の苔玉には、落葉期冬場の味わいを深めるために、コクリュウ、タマリュウノヒゲ等の常緑性下草を添植します。すっかり馴染んだ和モノ「木」と「苔」は、味わい深いものです。

 

 

長期間、苔玉として楽しめる「宿根性植物」の場合、苔部分が茶褐色に痛んだものを、多く見かけます。この場合は、古い苔を剥がして、緑深い新たな苔に張り替えています。緑の「苔」の丘に黒松、真っ赤な南天の葉、万両や藪柑子の赤や白い実の佇まい、年末・年始にわたって、苔玉をお楽しみ下さい。

 

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.22〜玄人の当然は素人の驚き

玄人の当然は素人の驚き

 どうして、こんなにわかり切ったことを質問されるのだろうか?と、園芸(苔玉など)をお話しするなかで思うことがしばしばあります。私は一介の園芸のプロ、疑問を抱き質問される方は全くの初心者だから仕方がないのかもしれません。

 そうした幾つかの事例をお話ししましょう。

 

①.「この植物は、花が咲きますか?」

 よく受ける質問です。花が咲くということは、植物にとっては子孫を増やすための生殖作用に他なりません。花が咲き、実をつけてこそ、植物の次世代を残す生殖作用です。どんな植物でも必ず「花を咲かせます」。さらに突っ込んで考えてみると、「観賞価値がある花がさくのかな?」という、ご質問だったのかもしれませんネェ!

 

②.必ず「実を着けますか?」

 花がけば雌蕊に花粉(雄蕊)が受粉して、実を着けるのが自然の摂理です。でも私たち人間の都合で、八重咲の花などに品種改良されたものには、実を着けることは殆どありません。雌蕊や雄蕊が、花弁などに品種改良されて「八重咲」になされたことに依ります。大輪八重咲のバラ、八重咲大輪のキク、八重咲のカーネーション、八重咲のツバキ等がいい例です。

 

③.では、八重咲の美しい花はどんな方法で子孫繁栄させるのでしょう。

挿し木、接ぎ木等の方法に依って子孫を残し、増やします。これらの方法を「栄養繁殖」といいます。これに対して種子を採って繁殖させる方法を「実生繁殖」といいます。

 

④.「この素敵なバラの花!・・・・・挿木で増やそうかな!」

 安易に仰る。それはダメですョ!、今、園芸店に出回っているバラ苗の全ては、接ぎ木された苗です。因みに鑑賞の対象とする植物を、私たち人間の都合で、自然の色、形、香りなど以上に品種改良してしまったモノは、殆どの場合、病虫害への抵抗力などが自然のモノに比べるとひ弱な体質に変化してしまっています。野バラなど、丈夫な野生種を台木として接ぎ木して、病虫害などにも十分耐える「バラの苗木」を作っているのです。モモ、クリ、カキ、ナシ、ブドウ、リンゴなどの果樹の苗も同様の方法で生産されています。

 

 

 正に「玄人の当然は素人の皆様の驚き!」を、園芸のあらゆる場面で体現し、もっと丁寧な対応をしなければナァ!と、反省すること、枚挙に暇がありません。

 

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.21〜苔玉の根っこと蝉の声!

苔玉の根っこと蝉の声!

9月はとっくに過ぎて、すでに10月に入ったというのに、ツクツクホウシが賑やかに鳴いています。

こんなにも気温は下がってしまったのに、恋人に巡り合えなかった雄ツクツクホウシなのかナァ?・・・・・この声を聴くと、「夏休み終わったよ…、宿題は済んだか?」という声に聞こえた小中学生の頃を思い出してしまいます。気候変動の故の現象なんでしょうか。早く恋人蝉を探して、卵を産んで次世代を残さないと・・苔玉植物の根元を見ながら、他人事とはいえ焦ってしまいます。

20余年前、私が住むつくば市内で「ワシワシ」と煩く鳴くクマゼミの声を聴くことがしばしばありました。本来、クマゼミは九州に生息する蝉です。今から52年前私が岡山大学に在学した頃には、岡山でも聞いたことがありませんでした。箱根を越えたつくば市で、クマゼミの「ワシワシ」声が幾度となく聞こえたことにはビックリしたことでした。でも、ここ15年余、つくば市でクマゼミの「ワシワシ」声を耳にすることはありません。いったいこれはどうしたことなんでしょう。

答えは単純でした。経済の高度成長に伴う環境緑化が大々的に行われ、九州からクスノキ等の大木が持ち込まれ、それらの根鉢に生活していたクマゼミの蛹が孵化したものでした。経済の低成長期~安定成長期に入った今、クスなど大木の移送が殆どなくなってしまいました。セミ類は産卵されて7年余、地中で成長します。「ワシワシ」声のクマゼミは関東地区の冬季の低温に耐えられなかったのでしょう。

つくば市で暑い真夏をにぎわすのは「ミーン、ミーン」鳴く、ミンミンゼミです。苔玉の根元をしょりしながら、ツクツクホウシの最後の声を聴きながら、私たちの生活の変化に思いを致してしまいました。

最近、中国経由で南米から日本各地の港町に騒ぎを起こしました「ヒアリ」の害がありました。また、昨年には都心部の明治神宮界隈で「天狗熱」病を運んできた、ヒトスジシマカが問題になったこと、記憶に新しいことです。

私たちの毎日の生活空間草地にはマダニが生息しており、つい先日もマダニ害で、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)で、男性が死亡というニュースがありました。古の人たちは、野山を散策するにあたって、「ツツガムシ」によるツツガムシ病を恐れました。

苔玉を作り眺めながら、ツクツクホウシの声を聴き、私たちの生活空間に思いを致してしまいました。今は、コオロギ、スズムシと、秋の虫の音がいっぱいです。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.20〜地球環境に優しい「苔玉」園芸

地球環境に優しい「苔玉」園芸

 平成の世は30余年で終わろうとしています。昭和の世と比べて平成は、物質的にも満たされ心豊かになり、ちょっと気障っぽく言えば「哲学的」になったようにも思います。

 私が園芸学を学び、社会人となって園芸の世界に飛び込んだのは52年も前、1967年(昭和42年)でした。東京五輪、大阪万博を経て、経済の高度成長期へと突入していった時代でした。御多分に漏れず、私たちの園芸の世界もひたすら量的拡大を続けました。洋風のリビングルームにはゴムノキ、ホンコンカポック、ベンジャミンなどの観葉植物大型プラ鉢仕立て(尺鉢)が、どんと居座っていきましたし、年末・年始にはプラ製鉢に仕立てられた、シンビジュームやシクラメン等の花鉢が、贈答品などとして大量に流通しました。今に比べると、「質より量」の園芸だったと思います。ケース・バイ・ケースで、今でも大型観葉植物や洋ラン・シンビジューム等のプラ鉢に仕立てられたモノを、全否定してしまう積りはありませんが、「量より質」の室内園芸に舵を切っている今、しっかり考えなければならない時が来ているように思います。

 平成の御代は、日本にとって、成熟した国の姿を考える時期だったのかな、とも考えています。本当の幸せとは、本当の貢献とは、本当の価値とは等と、まだまだカオスの中で模索中なのかもしれませんが。

 そんな時代の中にあって、私たちの園芸の世界では、小さな姿をした「苔玉」が産声を上げ、徐々に多くの園芸愛好家たちに知れ渡ってきました。お洒落園芸の一角を占め、多くの感動を呼び起こしているように思います。それでも広い世間の中にあって、「苔玉」はまだまだ僅かに0.3%程度の極めて狭い世界に過ぎません。

 

 生活空間のあらゆる場面に生き渡ったプラスチック等の高分子化学製品、私たちの園芸環境もプラ鉢やプランターが遍く行き渡っています。これらのプラ製品を使い、「花と緑をいっぱいに」してきた姿勢が、人知れずプラスチックなどの微粒子を地球環境にばら撒き、私たちの生活空間を少しずつ汚染している、なんと矛盾したことなんでしょう。

 「いつか、生活空間を花と緑でいっぱいにしたい」が、多くの人たちの合言葉になっています。だけど、あらゆる生命活動に絶対条件である清廉な自然環境が、果たして維持されているのだろうか、今一度考えなおす時が来ていると思います。「苔」は枯れて自然に帰ることはあっても、環境汚染物質として残留することはありません。洋の東西を問わず、あらゆる植物を苔玉にして楽しむ中で、「花と緑でいっぱい」の真に美しい清廉な園芸環境を考えていかなければと、昭和・平成の来し方を振り返っております。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。

【苔玉に寄せて】Vol.19〜記念にもらった「コチョウラン」を苔玉に

記念にもらった「コチョウラン」を苔玉に

娘夫婦宅を訪ねたところ、すでに花の見頃は終わった3茎立ち「コチョウラン」の鉢植えが一鉢、置いてありました。
聞けば、勤め先のお祝いに贈答されたものだった由・・・ピンクの花が2輪だけ、必死に最後の生命力を振り絞って、惨めな花姿で咲き残っていました。立派な陶製の鉢にミズゴケで植えられ、煌びやかな包装紙に包まれリボン掛けされた姿が、一層の哀れを誘います。「今一度、ピンクの花を咲かせたい」衝動に駆られ、預かり管理することとしました。

 

我が園芸工房に持ち帰り、まず、花茎の先端部分を3芽残して切除しました。
その後、3株寄せ植えの株全体を陶製鉢から抜き取り、丁寧に3株に分割しました。
3株に分割したそれぞれの株を、更に丁寧に「山ゴケ」で包み・・・コチョウランの苔玉が3個、出来上がりました。

まず、根部の活性化を促すために極めて薄い濃度の植物活力剤を与え、以降、過湿にならないように水管理しました。
2週間に1度の間隔で極薄めの液肥を与えました。根部を包んだコケに肥料は禁物です、根部表層の苔玉の苔に肥料成分が接触することのないように、小さなスポイドを使って、コチョウランだけに肥料がいきわたるように配慮し、慎重に液肥を与えました。

結果、3か月後に写真に見るように、3個の立派なピンクのコチョウランの苔玉として蘇りました。更に、2番花の終了する頃に、3番花を咲かせる花茎が株の根元から元気に発芽し、再々度の開花を楽しんでいます。

コチョウラン等のラン科の植物は、山間部の大木の幹などに着生し、比較的乾燥傾向の中で育つ植物です。必要水分は、ラン科植物の特徴的な根部、「気根」によって空中湿気を吸収生育します。大き目の植木鉢の中で、たっぷり水を含んだミズゴケ植えという環境では、過湿で根腐れし、枯死してしまいます。苔玉という環境は、コチョウラン等のラン科の植物には、極めて心地よい環境である、ということなんです。

園芸愛好家は並べて植物に愛情深い、為に、大き目の鉢いっぱいのミズゴケが乾燥してくると、ともすれば過剰に潅水してしまう、折角のコチョウランが台無しになってしまいます。「苔玉」という姿で、苔表面に霧吹き程度の潅水で水管理・・・多くの洋ラン類の望むところです。

折角頂いた美しいコチョウランの花です。艶やかで人工的な包装紙やリボンを外し、植物が蘇る生育環境に置いて、長くお楽しみ下さい。

 

執筆者紹介 –  S.Miyauchiさん

日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。

 コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。