9月はとっくに過ぎて、すでに10月に入ったというのに、ツクツクホウシが賑やかに鳴いています。
こんなにも気温は下がってしまったのに、恋人に巡り合えなかった雄ツクツクホウシなのかナァ?・・・・・この声を聴くと、「夏休み終わったよ…、宿題は済んだか?」という声に聞こえた小中学生の頃を思い出してしまいます。気候変動の故の現象なんでしょうか。早く恋人蝉を探して、卵を産んで次世代を残さないと・・苔玉植物の根元を見ながら、他人事とはいえ焦ってしまいます。
20余年前、私が住むつくば市内で「ワシワシ」と煩く鳴くクマゼミの声を聴くことがしばしばありました。本来、クマゼミは九州に生息する蝉です。今から52年前私が岡山大学に在学した頃には、岡山でも聞いたことがありませんでした。箱根を越えたつくば市で、クマゼミの「ワシワシ」声が幾度となく聞こえたことにはビックリしたことでした。でも、ここ15年余、つくば市でクマゼミの「ワシワシ」声を耳にすることはありません。いったいこれはどうしたことなんでしょう。
答えは単純でした。経済の高度成長に伴う環境緑化が大々的に行われ、九州からクスノキ等の大木が持ち込まれ、それらの根鉢に生活していたクマゼミの蛹が孵化したものでした。経済の低成長期~安定成長期に入った今、クスなど大木の移送が殆どなくなってしまいました。セミ類は産卵されて7年余、地中で成長します。「ワシワシ」声のクマゼミは関東地区の冬季の低温に耐えられなかったのでしょう。
つくば市で暑い真夏をにぎわすのは「ミーン、ミーン」鳴く、ミンミンゼミです。苔玉の根元をしょりしながら、ツクツクホウシの最後の声を聴きながら、私たちの生活の変化に思いを致してしまいました。
最近、中国経由で南米から日本各地の港町に騒ぎを起こしました「ヒアリ」の害がありました。また、昨年には都心部の明治神宮界隈で「天狗熱」病を運んできた、ヒトスジシマカが問題になったこと、記憶に新しいことです。
私たちの毎日の生活空間草地にはマダニが生息しており、つい先日もマダニ害で、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)で、男性が死亡というニュースがありました。古の人たちは、野山を散策するにあたって、「ツツガムシ」によるツツガムシ病を恐れました。
苔玉を作り眺めながら、ツクツクホウシの声を聴き、私たちの生活空間に思いを致してしまいました。今は、コオロギ、スズムシと、秋の虫の音がいっぱいです。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
平成の世は30余年で終わろうとしています。昭和の世と比べて平成は、物質的にも満たされ心豊かになり、ちょっと気障っぽく言えば「哲学的」になったようにも思います。
私が園芸学を学び、社会人となって園芸の世界に飛び込んだのは52年も前、1967年(昭和42年)でした。東京五輪、大阪万博を経て、経済の高度成長期へと突入していった時代でした。御多分に漏れず、私たちの園芸の世界もひたすら量的拡大を続けました。洋風のリビングルームにはゴムノキ、ホンコンカポック、ベンジャミンなどの観葉植物大型プラ鉢仕立て(尺鉢)が、どんと居座っていきましたし、年末・年始にはプラ製鉢に仕立てられた、シンビジュームやシクラメン等の花鉢が、贈答品などとして大量に流通しました。今に比べると、「質より量」の園芸だったと思います。ケース・バイ・ケースで、今でも大型観葉植物や洋ラン・シンビジューム等のプラ鉢に仕立てられたモノを、全否定してしまう積りはありませんが、「量より質」の室内園芸に舵を切っている今、しっかり考えなければならない時が来ているように思います。
平成の御代は、日本にとって、成熟した国の姿を考える時期だったのかな、とも考えています。本当の幸せとは、本当の貢献とは、本当の価値とは等と、まだまだカオスの中で模索中なのかもしれませんが。
そんな時代の中にあって、私たちの園芸の世界では、小さな姿をした「苔玉」が産声を上げ、徐々に多くの園芸愛好家たちに知れ渡ってきました。お洒落園芸の一角を占め、多くの感動を呼び起こしているように思います。それでも広い世間の中にあって、「苔玉」はまだまだ僅かに0.3%程度の極めて狭い世界に過ぎません。
生活空間のあらゆる場面に生き渡ったプラスチック等の高分子化学製品、私たちの園芸環境もプラ鉢やプランターが遍く行き渡っています。これらのプラ製品を使い、「花と緑をいっぱいに」してきた姿勢が、人知れずプラスチックなどの微粒子を地球環境にばら撒き、私たちの生活空間を少しずつ汚染している、なんと矛盾したことなんでしょう。
「いつか、生活空間を花と緑でいっぱいにしたい」が、多くの人たちの合言葉になっています。だけど、あらゆる生命活動に絶対条件である清廉な自然環境が、果たして維持されているのだろうか、今一度考えなおす時が来ていると思います。「苔」は枯れて自然に帰ることはあっても、環境汚染物質として残留することはありません。洋の東西を問わず、あらゆる植物を苔玉にして楽しむ中で、「花と緑でいっぱい」の真に美しい清廉な園芸環境を考えていかなければと、昭和・平成の来し方を振り返っております。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
娘夫婦宅を訪ねたところ、すでに花の見頃は終わった3茎立ち「コチョウラン」の鉢植えが一鉢、置いてありました。
聞けば、勤め先のお祝いに贈答されたものだった由・・・ピンクの花が2輪だけ、必死に最後の生命力を振り絞って、惨めな花姿で咲き残っていました。立派な陶製の鉢にミズゴケで植えられ、煌びやかな包装紙に包まれリボン掛けされた姿が、一層の哀れを誘います。「今一度、ピンクの花を咲かせたい」衝動に駆られ、預かり管理することとしました。
我が園芸工房に持ち帰り、まず、花茎の先端部分を3芽残して切除しました。
その後、3株寄せ植えの株全体を陶製鉢から抜き取り、丁寧に3株に分割しました。
3株に分割したそれぞれの株を、更に丁寧に「山ゴケ」で包み・・・コチョウランの苔玉が3個、出来上がりました。
まず、根部の活性化を促すために極めて薄い濃度の植物活力剤を与え、以降、過湿にならないように水管理しました。
2週間に1度の間隔で極薄めの液肥を与えました。根部を包んだコケに肥料は禁物です、根部表層の苔玉の苔に肥料成分が接触することのないように、小さなスポイドを使って、コチョウランだけに肥料がいきわたるように配慮し、慎重に液肥を与えました。
結果、3か月後に写真に見るように、3個の立派なピンクのコチョウランの苔玉として蘇りました。更に、2番花の終了する頃に、3番花を咲かせる花茎が株の根元から元気に発芽し、再々度の開花を楽しんでいます。
コチョウラン等のラン科の植物は、山間部の大木の幹などに着生し、比較的乾燥傾向の中で育つ植物です。必要水分は、ラン科植物の特徴的な根部、「気根」によって空中湿気を吸収生育します。大き目の植木鉢の中で、たっぷり水を含んだミズゴケ植えという環境では、過湿で根腐れし、枯死してしまいます。苔玉という環境は、コチョウラン等のラン科の植物には、極めて心地よい環境である、ということなんです。
園芸愛好家は並べて植物に愛情深い、為に、大き目の鉢いっぱいのミズゴケが乾燥してくると、ともすれば過剰に潅水してしまう、折角のコチョウランが台無しになってしまいます。「苔玉」という姿で、苔表面に霧吹き程度の潅水で水管理・・・多くの洋ラン類の望むところです。
折角頂いた美しいコチョウランの花です。艶やかで人工的な包装紙やリボンを外し、植物が蘇る生育環境に置いて、長くお楽しみ下さい。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
苔玉は一般に平たい皿状の容器にのせて楽しみます。時折、苔玉部分をすっぽり包んでしまうような深い容器にのせて展示されている苔玉を見受けることがありますが、これでは折角の苔の緑を楽しむことができません。平たい皿にのせて「緑の苔」面に癒されたいと思います。
食器として一般に出回っている皿は、白磁製がほとんどを占めています。平たい皿にのせたとしても、白磁製の皿では植物たちにとって、いい迷惑です。受皿の白色が太陽光線を反射し、大事な植物の「葉裏」を照らして植物を痛めてしまいます。
私たちが鑑賞したいのは「緑の苔と植物、そして赤色に代表される花や果実」であって、白色の受皿容器ではありません。でも、白色の受け皿は、緑色や赤色の植物たち以上に目立ってしまうのは必然です。白色は明度(明るさの度合い)が20度、緑や赤は明度が14度、である・・・こと、だから「白色」が目立ってしまう、白磁製の皿を苔玉の受皿としたくない理由、お分かり頂けましょう。
プラスチック製の植木鉢やプランター、鉢受け皿、鉢棚など、意に反して、白色に仕立てられた製品が多量に溢れています。園芸先進国である欧米各国や豪州などを歩いてみると、白色に仕上げた植木鉢など例外を除いて、殆どみかけることはありません。ブラウン、ダークグリーン、ブラック等の比較的明度の低い色合いに仕立てられています。
折角、鑑賞植物の根元を苔で包み苔玉として仕立てたのです、出来れば白磁製の受皿は避けて頂きたい・・・
私たちの身近な生活の中に息づいている優しい感触の美濃焼や笠間焼、益子焼などの陶器製の皿に苔玉をのせて鑑賞して下さい。その優しさ、思いやりに、苔玉植物たちは大喜びするでしょう。
以前にも当コラムに書きましたが、職務柄、私は全国を旅することが多くあります。地方の駅の片隅に、使い古された白色のプランターが無残に放置されている光景をよく見かけます。白色ゆえにやたら目立ってしまう、悲しい思いにかられます。たかが「苔玉の受皿」から、またまた、飛躍してしまいました、失礼しました。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
北海道を除いて列島は梅雨に入りました。庭先のアジサイが今を盛りと、青、紫、ピンクの花を咲かせています。比較的地味な開花のヤマアジサイ、ガクアジサイの苔玉が、今大人気です。一方、湿っぽい空気の中で時折見せる紫外線の強い太陽光線を受け、鮮やかに咲き誇る朱赤色のゼラニウムの開花にも心癒されます。
園芸鑑賞植物は、大まかに「和物」「洋物」と、二大別されることがしばしばです。
ヤマアジサイ、クロマツ、ゴヨウマツ、モミジ等の比較的地味な植物の一群が「和物」として取り扱われ、ハイドランジャーと呼ばれる大輪で目立つ西洋アジサイ、バラ、チューリップ等の開花を鑑賞する比較的派手な植物たちを「洋物」として取り扱うようです。
派手、地味だけの判別だけで単純に分けられるものではないこと、十分承知してますが・・・。
では、さて当の「苔玉」仕立てに向く植物は「和物」、それとも「洋物」?
いやいや、一概にどちらとも言えません。鑑賞する人それぞれの好み、ケースバイケースだといえましょう。
大輪で目立つ西洋アジサイは、日本の幕末期にオランダの植物学者シーボルトが比較的地味な開花のヤマアジサイ、ガクアジサイを欧州に持ち帰り、ヨーロッパ各国で品種改良されたものなんです。
因みに、シーボルトが愛した長崎の女性「お滝」に思いを寄せて、アジサイを「オタキサン」と、命名したということです。
赤や白に今、開花真っ最中の「サツキ」は日本の花です。この「サツキ」や各種の「ツツジ」を、ベルギーを主とした欧州に持ち込んで品種改良されたものが「アザレア」と称される「西洋ツツジ」です。
比較的地味だった日本原産のツツジやアジサイの花も、欧州に渡って、派手目の花・園芸植物に変身して帰国したんですネェ。「和」でもいい、「洋」でもいい、ケースバイケースで好みの園芸植物を「苔玉」に仕立ててお楽しみください。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。