苔玉が生まれて概ね30余年、更に苔玉が多くの人たちに認知されるようになって10余年を経過します。ここ3~4年、ようやく園芸愛好家の間に少しずつ室内園芸植物として、完全に定着しつつある苔玉です。
昭和時代・経済の高度成長期に一時代を賑わした観葉植物の大鉢仕立て品は、一般家庭ではほとんど見かけなくなりました。観葉植物類で、今園芸売り場を賑わしているのは、僅かに2.5号~3.5号の小鉢に仕立てられたミニ観葉と称される物ばかりです。
昭和後期から平成初期の頃にブリジット・バルドー、マリリンモンローなどの園芸品種名に代表される洋ラン、デンドロビュームが大量に出回った時代もありました。これ等、大量のデンドロビューム等の洋ラン類が市場に出回ったのは、メリクロン培養(生長点組織培養)による苗生産技術の進歩によってもたらされ、時あたかも経済の高度成長期も相まって洋ラン隆盛の時代がもたらされました。年末・年始の贈答品として、シンビジュームやデンドロビューム等の洋ラン類がもてはやされたこと、多くの方が体験なさったことでしょう。経済の高度成長期であったが故の、明治以降から戦後の、欧米並みの生活への憧憬動向であったのではないか、と思うのです。
私たちの住む日本列島は、乾燥気候の欧米各国と異なって、極めて高温多湿の傾向にあること、ご承知のとおりです。気候・湿度が異なれば、おのずと生活環境に生育する植物の種類が異なります。植物を育て、花を楽しまれる多くの愛好家の方々が、高温多湿の日本での園芸の在り方に、思いを致されつつあるのではないかナァ、と考えます。その表れが「苔玉」が徐々に認知されてきたのかナァ、と。
温室内いっぱいに咲き乱れる洋ラン類等の華やかさはありませんが、着実に園芸界にその地歩を築きつつある「苔玉」ではないのかナァ、と思い巡らしております。更に、来日される海外からの客人たちにも、「苔玉園芸植物」の人気は着実に高まっておりますこと、ご報告申し上げます。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
本コラムはおかげさまで連載1周年をむかえることができました。ご覧いただいてます皆様に深く感謝申し上げます。
「吊苔玉」で室内に彩を
新年を迎えて5日を経過、お屠蘇気分も抜けてパソコンに向かっている。
パソコンラック上の棚に吊るした苔玉(吊玉)が、心癒してくれる。寒風吹きすさぶ外界とは別世界、暖かい部屋空間に、今日の吊苔玉は「ツルマサキ」と「プレクトランサス」の二連玉、春はまだまだ先だというのにプレクトランサスの新芽が瑞々しい淡緑色に輝いている。
まことに狭い室内空間に小さな、小さな緑の惑星が眼前に漂っているような感覚にとらわれる。
過ぎ去った一年を振り返ると、四季折々の植物を吊苔玉に仕立て、楽しんできました。
年間を通して楽しめたものは、イングリッシュアイビー、オリズルラン、サクララン(ホヤ)、ハートカズラ、ハツユキカズラ、黄金カズラといった品種名を持つ「テイカカズラ」などでした。また、ハッカの香りのするハーブの一種「アロマティカス」も周年楽しむことができました。
6月以降の夏季には、ワイヤープランツ、アスパラガス、ポトス、トラデスカンチャー、フィーカス・プミラ、等多くの種類の観葉植物類を吊苔玉として楽しむことができました。7月から8月に、赤や白、またピンクの大輪花を開花させる「マンデビラ」の吊苔玉の開花は、来宅される多くの方々に楽しんで頂きました。古い時代から日本の夏に風鈴を下げて涼をもたらしてきた「ノキシノブ」は、和の涼感を伝えてくれました。
枝垂れ咲種のシンビジューム等の各種の小型洋ラン類は、元来樹上の寄生植物です。霧吹き等して空中湿度を保つことで、見応えのある吊苔玉を楽しむことができました。赤、黄、白、紫、ピンク等の洋ランの花咲く部屋宇宙空間を、ご想像ください。
晩秋となると、ヘンリーヅタ、シュガーパインなど、それまで旺盛な緑の吊苔玉が紅葉して、枯淡の美をもたらしてくれました。更にツルウメモドキ、コトネアスター、クランベリーなどの、赤や黄色の果実が秋の深まりを教えてくれました。
年末差し迫ってくると、大陸生まれの力強い緑の吊苔玉の中に大実のヤブコウジの真っ赤な果実が輝いています。西洋イワナンテンは、木枯らし吹きすさぶ中で赤く染まった葉を装い、異彩を放っています。
苔玉を吊るすこと(吊玉、連玉)で、四季を問わず狭い空間で緑を楽しんでみては如何でしょう。
「吊苔玉」として楽しめる植物の種類はたくさんあります。
これからももっともっと多くの植物で、私の部屋に壮大な小宇宙空間を作っていきたいと考えています。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
本コラムは、おかげさまで連載1周年をむかえることができました。ご覧くださっている皆様に感謝申し上げます。
戦後間もない頃の鉢モノ園芸は陶器製の植木鉢が主流でした。
石油産業隆盛の時代になり、園芸業界も植物の植え付け容器は、プラ鉢やプラ製プランターなどの石油製品に取って代わられてしまいました。その結果、家庭の庭先やベランダの片隅などに、プラ鉢やプランターの残骸を見かけることが多くなりました。
また学校や駅の片隅などにも、季節外れのプランターの残骸を多く見かけます。
モノ余りの時代の園芸・ガーデニングの惨めな結末とでも言えましょうか。
軽くて割れないプラ製やビニール製の植木鉢やプランターが、しかも安価であったことが、園芸の量的な拡大・発展に大きく貢献してくれたことは、決して否定するものではありません。余りにも大量に出回り過ぎた結果として、庭先や街角の一角に使い古されたプラ鉢、プランターが残骸として放置されているんです。心の片隅でほんの少しばかりの罪悪感を抱きながら・・・。
いま、多くの若い人たちの生活感として、できるだけモノを持たない生活空間で生きていこうという「断捨離」生活を目指す人や、ミニマリスト等といった人たちが着実に増えつつあります。行き過ぎたモノ余りの経済・生活から生まれた、当然の帰結なのかもしれません。
私たちの「園芸・ガーデニング」でも然り、だと思います。
プラスチックやビニール製の植物の植え付け容器の残骸を、生活空間に放置するなど、「園芸・ガーデニング」以前の問題だという、認識を持つべきでしょう。
そんな中で、忽然と現れたのが「苔玉園芸」でした。時、あたかも経済の停滞期、安定成長期でした。数量的にまだまだ、プラ鉢園芸には遠く及びませんが、根元を自然素材の「苔」に包まれた植物に多くの人たちが癒されているように思います。ビロード状の緑の命、「苔」を眺めて頂き、モノ余りの時代の「園芸」を見つめ直して頂ければ・・・・・と、思います。
苔は人様に見捨てられ不要となれば、惨めに残骸など残すことなく、黙って土に帰っていきます。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
寒くなってきました。寒くなってきますと、「苔玉は室内に取り入れなくていいのでしょうか?」と、質問されること、しばしばです。答えは「苔玉に仕立てた植物によって異なります。」
まず、苔は空中湿度の乾燥を極端に嫌うので、「空っ風吹き抜ける寒風にさらすべからず」、です。乾燥した北風や西風の吹き抜けることのない、庭先の木陰や軒先などに置いて管理して下さい。
但し、熱帯地方や亜熱帯地方原産の観葉植物類や洋ラン類の苔玉は、この限りではありません。暖かい室内で冬越しして下さい。でも、暖房が効き過ぎて室内が乾燥してしまっては、苔が参ってしまいます。少々難しい条件になりますが、室温を維持しつつ、室内の湿度も保たなければなりません。
さらに、観葉植物類や洋ラン類も、そして苔も太陽光線を浴びて炭酸同化作用をして生きています。日の当たらない室内に置きっ放しにしては、観葉植物類も苔も駄目になってしまいます。南~南東向きの、レースのカーテン越しの窓辺に置き、ちょくちょく噴霧器などで霧吹きし、湿度を保つことです。
湿度を保つからと言って、受け皿に水を満たし、苔部分を水に浸しっ放しにする(これを「越水」といいます)、これは絶対やってはいけません。肝心な苔が過湿で腐ってしまいます。
苔玉の冬季の管理に、ここまで色々条件付けしては、「やっぱり苔玉は難しい!」って、諦めないで下さい。平たく言い変えましょう。
常緑性の苔は、寒い冬でも成長し続けています。だから、水分は必要欠くべからず、苔玉部分が乾いたナァー、と判断したら午前中の暖かくなった時間帯に、バケツの水にたっぷりと浸して下さい。ブクブク水泡が出なくなるまで水中に浸し、その後、水を切って受け皿等に戻して下さい。カーテン越しの日向に置き、側に水を入れた霧吹きを常時準備し、気が付いたら苔部分に霧吹きかけてください。
私たちが寝静まった日の出前の時間帯は、最も室温が低下します。同じ室内でも床面など低い位置程、温度が下がります。タンスの上など、少しでも暖かい箇所で、夜間~早朝の置き場としてください。
苔玉の冬の管理は、一般の鉢物の管理とさして変わるものではありません。要は、苔部分を如何に適湿に保つか、という一点にかかっています。
見事に冬を乗り切って、緑の苔の丘に、新芽吹く春以降の草木に期待したいですネェ。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
苔玉を育てて、「苔が茶色に変色し、枯れてしまった」と、耳にします。「苔玉の管理は難しい」と、仰る方によく出会います。
「苔は多湿を好みます」 これは紛れもない事実で、多くの人の認めるところです。そのために苔玉を水に浸しっ放しにし、室内に閉じ込めて外気に触れることもなく、太陽光線も一切遮断して、完全管理した積り・・・? これでは「苔」は虚弱体質となって、死んでしまいます。
水に浸したままでは、酸素に触れることは出来ずに呼吸困難に陥り、ご臨終です。
苔玉は水にたっぷり浸し、その後水を切って皿の上などでお楽しみ下さい。
皿の上に乗せる時、皿と苔玉部の間に僅か(2~3㍉程度)ばかりの隙間を作り、風通しを図ることが栽培のコツです。
「苔だって葉緑素を持った”緑色の植物”です」 緑色であることで、苔が太陽光線を浴びて炭酸同化作用をし、生命を維持しています。室内に閉じ込めたままでは、苔はモヤシ伸びした虚弱体質となり、遂には死に至ります。さりとて、強烈な太陽光線下では日焼けして、茶褐色になり死んでしまいます。
また、爽やかな外気に触れることがなければ種々の雑菌が繁殖し、苔は病弱な体質となってしまう。弱り目に祟り目、苔は茶色に変色し、枯れてしまいます。
ごくごく月並みな表現をしますと、苔は、空中湿度が高くて水はけのよい朝日程度の差し込む風通しの良い場所を好む、ということです。朝日ではなく夕日が差し込んでは、紫外線が強すぎて困りものです。”夕日”、すなわち”西日(にしび)”のことを、園芸家たちは逆さ読みして”しにび(死日)”と称し、嫌います。更に月並みに言えば、苔玉は、朝日の当たる風通しの良い木漏れ日の下 に置くと良い、ということです。
「それでは鑑賞出来ないじゃないか」と、お叱りを受けることも、しばしばです。 答えは簡単、苔玉を3~4個持って頂き、取っ替え引っ変え、室内で鑑賞して下さい。その際、気がついた折には噴霧器で水を噴霧、空中湿度を高めると、苔は大喜びします。
条件が整えば、苔は順調に伸びます。伸び過ぎると、苔は蒸散作用が激しくなり、更に下部に日が射し込まなくなって、苔は黄変~褐色化し、遂には枯れてしまいます。伸びすぎた苔は、時折軽く鋏を当てて刈り込むことです。芝生の管理と同じです。
最後に、「苔玉の肥料はいつ、ごれくらいあげるの?」という、質問もよくあります。
肥料をあげると苔は全滅…、枯れてしまいます…。 富士山から街中の側溝まで、苔の育つ自然界には肥料気は殆どありません。
そんな中で苔は生きています。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。