「こんなに小さな苔玉の根部で植物が大きく育ってきたら、一体どのように対処したらいいのですか」。苔玉教室でよく質問されることです。「好みの大きさに枝葉を剪定してみては如何ですか。」とか、「現在の苔玉部分に、二重に苔を巻き重ねたらどうですか。」などと、お答えしています。あるいは、「鉢に植え戻したり、路地に植え付けてみたらいかがですか。」などと、返答することもしばしばです。
いずれにしても今一つ納得がいかない、けげんなご様子・・・折角、望みの形・大きさに作り上げた世界にただ一つの、私のモス・アートです、それは当然の疑義であり、不満だと思います。
今年の「桜の苔玉」
植物は生きています、日々成長・変化しています。私たち人間の思いのままの姿・形であり続ける訳にはいきません。一面では成長・変化する過程を楽しみつつも、やっと作り上げた望みの大きさ、形であり続けて欲しい・・矛盾ですね。
一定の大きさ・形状を望み、瑞々しい植物の姿を期待されるのでしたら、毎年、同じ植物の苔玉を作って、「更新」していくことが、本当の回答かもしれません。私たち人間の生活環境に合わせた形状・寸法を例年望むのであれば、「更新」という発想を忘れないで頂きたいのです。苔玉に限らず、鉢植え植物も、庭先の草花も植木も芝も、成長・変化するのですから、手入れしたり植え替えたり等の、「更新」作業は付きものです。
私が小学生の頃、長崎の伯母から分けてもらった一芽の「月下美人」を挿し木して、中学生の頃、一晩に見事50余の大輪の白花を咲かせたことがありました。この体験が忘れられず、父が大鉢(ついには尺5寸鉢)に植え替えを続け古木としましたが、例年2~3輪の開花のみ、報われない労多き父の晩年だったと推察します。「月下美人」という植物を、挿し木して若返り「更新」を図らなかったのです。
開花した「月下美人」
苔玉をはじめとして鑑賞を目的とする園芸植物には、例年「更新」の発想を決して忘れないで頂きたいのです。挿し木したり、株分けしたり、種子を蒔いたり等の作業で、目的の植物の若返りを図ることが肝要です。苔玉に仕立てた植物を、いつまでも瑞々しく元気で、かつ望みの形状・寸法に維持することを期待するのでしたら、常に「更新」し、植物を若返らせ続けることです。決して、大きく育てるだけが当初の要望ではなかったはずです。私たちの生活環境に見合った植物の大きさ、植木鉢のサイズ、そして瑞々しく成長し続ける植物の姿を見たい、それが本来の目的であったはずです。古木の姿を愛でる盆栽仕立ての植物の場合は、この限りではありませんが。
街を彩る街路樹だって同じことが言えます。整然と8~10㍍間隔で植え付けられた街路樹の根元が大きく育ち、舗装道路の縁石を押して壊している状態を多く見かけます。また、街路樹の根部が大きく育って、歩道部分のコンクリート平板をデコボコに押し上げている状態、道路管理する官公庁が手をやいておられる様子も多々見受けるところです。大きく育ち過ぎた街路樹は伐採することです、その傍らに小苗を植えておき、その小苗を育て成長を愛でる、そんな市街地の植物に対する「優しさ」、「更新」の発想が求められていると思います。
新型コロナウイルスの蔓延で、色々な意味で世界中が大荒れです。庭先やベランダ等で苔玉を楽しみながら、世代交代を重ね「更新」する植物たちの生命の連鎖に思いを馳せている此の頃です。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
早咲きの桜「河津桜」が、あちこちで満開、今年は比較的春の訪れが早いように思います。「桜の苔玉を作ってみたい」、苔玉を楽しまれる方々も、この時節、桜への興味を抱かれます。多くの苔玉愛好家の皆様方と、ここ数年「桜の苔玉」を作ってきました。今年も、あちこちで「桜の苔玉」作りにチャレンジして頂いております。
古い時代から、桜といえば「花見」、大きく育った「桜の大木」の下で「花見の宴」が、私たち日本人の楽しみでした。本来、サクラは高木性の植物であって、背丈の低い若木・幼木では着蕾・開花することはありません。
桜を苔玉として楽しむには、花見するような大木では不向きです。苔玉に仕立てる桜は、背丈15~25㎝程度の矮性状況で開花する「一歳桜」と呼ばれる品種群を使うことになります。
このような、普通は高木性である樹木の種類の中に矮性で繁殖して、僅かな年数で開花・結実する品種群を「一歳植物」、あるいは「一歳物」といいます。「一歳桜」の代表的な品種群に「マメザクラ」があります。箱根・富士裾野界隈に自生していた「マメザクラ」に「富士桜」と命名されました。
「富士桜」の中でも、比較的早めに開花するものが「富士桜・さきがけ」です、また赤色度の強いモノが「赤花・富士桜」として、市場に出回っているという次第です。
サクラの他にも「一歳物」としてよく見かける植物に、「一歳ザクロ」、「一歳サルスベリ」など多く見みかけます。ひたすら、「一歳植物」に拘って、小型の高木を収集・趣味としておられる園芸愛好家も多くおられます。
私も「苔玉」を作るようになって35余年になりますが、苔玉向きの「一歳植物」を見つけざるを得ず、全国の園芸・植木産地を歩き回ることしばしばです。
サクラの苔玉にチャレンジして頂く中で、「一歳植物」という品種群があることをご紹介申し上げました。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
暮らしを彩る器展「テーブルウェア・フェスティバル」が、2月10日まで東京ドームで開催されており、久し振りに行ってみました。会場で「インテリアとしての苔玉作りと器」と題したセミナーが開かれていました。
1993年以来28余年間続いているこのフェスティバルに、やっと「苔玉」が登壇したんですね。陶磁器、硝子器、木製、竹製の器、漆器、鉄を始めとする金属器、柔らかな布製品等生活用品の展示の中に、命ある植物「苔玉」が彩りを添えているかのようでした。心秘かに、嬉しくなってしまいました。
茶碗、皿そして箸など、毎日の生活を維持していくのに絶対に必要なこれらテーブル上の調度品です。生活そのものが豊かになってきた今、毎日使うテーブルウェアにも、心をも豊かにしてくれるモノが求められているのでしょう。機能的な美しさに始まって、材質感、色合い、形状美、肌触りと、より良いモノが求められ、巧たちの素朴さ、繊細さ、人としての優しさ等といった心伝わる生活用品が多く並べられていました。そんな消費者の拘りにも似たテーブルウェア展の片隅に、「苔玉」も登場していたんです。
街中を歩いてみると、喫茶店、和食の店、旅先の宿の一角等、苔玉を配している姿を見かけることも多々あるようになりました。洋の東西を問わず、テーブルセッティングは益々生活に密着して洗練され、磨き上げられていくことでしょう。テーブルウェアとしての「苔玉」も、植物の多様性・形状・四季折々の季節感・人としての優しさ等と、磨き上げ、洗練されていかなければならないと思いを致したことでした。
生活する人たちの、磨き上げられ洗練された拘りに学び、園芸プロとしての技を出し切って、「苔玉」をクール(文化)に伸ばしていきたいと、苔玉を作り始めて35余年になる今、考えたことでした。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
苔玉を作り始めて35余年、この間に苔玉に仕立てた植物の種類は1200種類にもなりました。
一株の草や木と対峙して、「さて、この植物、どのように仕立てたものか」と、悩みながら楽しみながら植物たちと対話し続けてきました。日を重ねるにつれ、拘りは深くなり、悩み・楽しみは増すばかりです。
「この植物は、果たして苔玉にして映えるのだろうか?」に始まって、「成長速度は苔玉に適しているのか?」、「耐寒性、耐陰性はどうなのか?」、「常緑性か、落葉樹なのか?」、「開花期はいつになるのか、そして花色はどんな色なのか?」、「下草を付けるとしたら何がいいのか?」、よって「苔玉として鑑賞する最適の季節はいつになるのか?」そして、肝心な「苔はどんな種類の苔を選択すべきか?」等々の自然条件。
更に「枝振りはどうしたものか、木表・木裏の見定めに見誤りはないか?」、「枝振りを整えるために、園芸用アルミ線を掛けてもいいのだろうか?」、「新年は松・竹・梅あるいはマンリョウ、ヤブコウジなどの実物植物といった季節感」、等の人為的な条件の確認。
結果として「多くの人たちにガーデニングの一環として苔玉を楽しんで頂きたい」、更には「モス・アートの域にまで高め、多くの人たちに愛でて頂きたい」。
そんなこんなの悩み・楽しみを抱きつつ、植物を見つめ対話を重ねて苔玉植物を選択しています。間もなく節分です、魔除けのヒイラギの苔玉です。そして愛の告白のバレンタインデーには深紅のミニチュアローズ、雛祭りには花桃の苔玉を準備します。
私が園芸に興味を抱いたのが若干5歳の頃、敗戦後間もない昭和23~24年、長崎市でのことでした。大学時代には花卉園芸学を専攻し、今日に至っております。それでも、僅かに70余年のガーデニングライフに過ぎません。令和2年の新年に当たり、これからも更に多くの植物たちと相見え、対話を重ねていきたいと思っております。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
ここ10有余年、苔玉園芸の人気が高まってまいりました。私も多くの店舗や公共施設での苔玉教室やら苔玉ワークショップを、全国各地で開催することが多くなりました。多くの方々が苔玉を通して園芸に興味をもって頂き、嬉しいことです。
そうした中で、素人と思しき人たちから無理と思われるいろいろな要望が出てきます。「水を遣らなくても枯れない苔玉はないのだろうか」、「指先に乗る程の小さな苔玉を作りたい」、「季節外れの花を咲かせたい」等々と、無理難題を多々提起されます。
「そんな無茶な!」とぼやきつつも、神様であるお客様の言い分に耳を傾け、解決してきました。素人さんたちの言う無理を、一つ一つ実行・具現化していくのが玄人と呼ばれる由縁なのかもしれません。プロフェッショナルであるという仮面を被って、素人たちの言い分を馬鹿げたことと耳を貸さないのは、玄人の勝手気ままに過ぎないのかもしれません。素人さんたちの仰る無理難題にこそ園芸生活の更なる発展の要素が多く含まれているのかもしれません。
「発想素人、実行玄人」なんですネェ。多くの人たちの要望に耳を傾け、人々の生活空間にモス・アートとしての苔玉園芸を、更なる高みに位置付けて行きたいと願っております。
私は大学で園芸学科に在籍し、花卉園芸学教室に学び、少なからず園芸のプロフェッショナルの端くれの一人だと、自負しておりました(大して勉学に勤しんだ訳ではありません)。大学卒業後、園芸に関わる職務に就いて53余年を経過しました。でも、そんなことよりも大事なことは、消費生活者の仰ることに耳を傾け、更なる進化を目指さなければならないと考える此の頃です。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
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