苔玉が園芸愛好家たちにデビューして、30余年を経過しました。当初、市場に出回った苔玉は、水苔等で植物の根部をくるくると丸く握り固めた球状のものでした。根部が丸められていることから、「苔玉」という名称が一般的に使われるようになったと思われます。
その後、球状の苔部分を、お椀を伏せた形状に改良したり、なだらかな丘状に作ったりなどと変化進歩して今日に至っております。さらにオリヅルラン、アイビーなどの枝垂れ性の植物を吊るすタイプの「吊玉」に仕立て、手狭な室内空間に涼を演出したりなどしております
また、苔部分の直径4~5㎝程度のミニ苔玉に多種多様な植物を仕立てて、大変喜ばれています。ラカンマキ、テーブルヤシ、コーヒーの木、各種のアイビー、タマリュウノヒゲ、コクリュウなどが、そのいい例です。限られた生活空間で、多種多様な植物に触れることが出来るのです。
さらに、一部の園芸愛好家に人気のあるセッコク、コチョウラン、カトレアなど小型の着生蘭類の苔玉も脚光をあびつつあります。これらのラン類は、自然界では古木の幹や枝に着生・生存しています。その自然環境によく似た生育環境を苔玉として造ればいい・・・・
私は、着生蘭類の大きさに合わせて茶筒型の苔台座を作り、その天端に各種の着生蘭類を植え付け育てています。茶筒型苔玉を称して、「苔柱(こけちゅう)」と名付けております。「苔柱」の上は空気の流通まことに宜しく、また適度の空中湿度を植物体内に取り込むことが出来るためか、着生蘭たちは「苔柱」の上を、古木の幹・枝上と捉えてか、順調に生育しています。着生ラン類は余り多肥を好まず、この点も、苔と相性がいいようです。
ウィズ・コロナの私たちの生活認識は、少しずつ変化しているように思いますし、変化せざるをえないと考えております。大自然界で育つ植物たちの生育環境を理解して、私たちの苔玉も更に進化・発展させていきたいと考えております。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
新型コロナウィルスが引き起こす恐怖で、多くの人々が家庭内で過ごす時間が多くなっている。
ご多分に漏れず、私も室内に閉じこもりがちな中で、自室にある苔玉等の植物たちと、じっくりと対峙しています。
一見、どの植物たちも元気そうに見えるが、よく見ると葉先が傷んだもの、ベランダの片隅で水切れして弱ってしまったもの等があります。普段の忙しさの故に、ついつい忘れていた苔玉などの植物たちを見直す、いい機会になっています。
片隅で忘れられ水切れして枯れてしまったものは廃棄処分、苔玉の上物植物が大きく育ってバランスを崩したものは剪定・整姿したり、苔玉部分を解いて植木鉢に戻したり、また、苔が痛んだものは苔を張り替えしたりと、コロナ休暇の暇つぶしどころではない、多忙です。苔玉はじめ多くの園芸植物たちとの対峙の中で、忘れていた植物管理に、反省やら植物たちに「ごめんね!」って詫びたり、改めて思いを致しています。
私は園芸・造園業等の経営コンサルティングで、全国のお店を経営指導方、歩き回っていますが、コロナ騒ぎの中にあって、園芸業の売り上げは、着実に伸びています。自宅待機を余儀なくされた人たちのささやかな楽しみとして、園芸がちょっとばかり浮上しているのかもしれません。
多くの人たちに苦悩をつきつけているこの新型コロナウィルスも、ワクチンの開発や対処薬でおさまる日もそれほど遠くはないでしょう。そして、私たちの体内に生息する大腸菌などと同様に、私たちと生きていくこととなるに相違ありません。
大型クルーズ船で遊びまわる前に、「私たちにも、少しばかり眼を向けて欲しい!」って、植物たちが共同戦線を張っているのかもしれません。
かく語る植物たちも多くの種類のウィルス病があって、園芸愛好家の悩むところです。バラの愛好家の悩みの根頭癌腫病や、日本の桜を痛めつける天狗巣病、生垣樹カナメモチをほぼ全滅に至らしめたウィルス病等々・・・・・
そしてまた、赤いチューリップの花に白色の斑入り模様が入ったと珍重されて高値を呼んだのは束の間、手の付けられないウィルス病だったという、オランダでの珍現象。新型コロナウィルス騒動下、苔玉たちと向かい合いながら、ウィルスたちとの同居人として思いを致し、達観せざるを得ないのかもしれません。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
「こんなに小さな苔玉の根部で植物が大きく育ってきたら、一体どのように対処したらいいのですか」。苔玉教室でよく質問されることです。「好みの大きさに枝葉を剪定してみては如何ですか。」とか、「現在の苔玉部分に、二重に苔を巻き重ねたらどうですか。」などと、お答えしています。あるいは、「鉢に植え戻したり、路地に植え付けてみたらいかがですか。」などと、返答することもしばしばです。
いずれにしても今一つ納得がいかない、けげんなご様子・・・折角、望みの形・大きさに作り上げた世界にただ一つの、私のモス・アートです、それは当然の疑義であり、不満だと思います。
今年の「桜の苔玉」
植物は生きています、日々成長・変化しています。私たち人間の思いのままの姿・形であり続ける訳にはいきません。一面では成長・変化する過程を楽しみつつも、やっと作り上げた望みの大きさ、形であり続けて欲しい・・矛盾ですね。
一定の大きさ・形状を望み、瑞々しい植物の姿を期待されるのでしたら、毎年、同じ植物の苔玉を作って、「更新」していくことが、本当の回答かもしれません。私たち人間の生活環境に合わせた形状・寸法を例年望むのであれば、「更新」という発想を忘れないで頂きたいのです。苔玉に限らず、鉢植え植物も、庭先の草花も植木も芝も、成長・変化するのですから、手入れしたり植え替えたり等の、「更新」作業は付きものです。
私が小学生の頃、長崎の伯母から分けてもらった一芽の「月下美人」を挿し木して、中学生の頃、一晩に見事50余の大輪の白花を咲かせたことがありました。この体験が忘れられず、父が大鉢(ついには尺5寸鉢)に植え替えを続け古木としましたが、例年2~3輪の開花のみ、報われない労多き父の晩年だったと推察します。「月下美人」という植物を、挿し木して若返り「更新」を図らなかったのです。
開花した「月下美人」
苔玉をはじめとして鑑賞を目的とする園芸植物には、例年「更新」の発想を決して忘れないで頂きたいのです。挿し木したり、株分けしたり、種子を蒔いたり等の作業で、目的の植物の若返りを図ることが肝要です。苔玉に仕立てた植物を、いつまでも瑞々しく元気で、かつ望みの形状・寸法に維持することを期待するのでしたら、常に「更新」し、植物を若返らせ続けることです。決して、大きく育てるだけが当初の要望ではなかったはずです。私たちの生活環境に見合った植物の大きさ、植木鉢のサイズ、そして瑞々しく成長し続ける植物の姿を見たい、それが本来の目的であったはずです。古木の姿を愛でる盆栽仕立ての植物の場合は、この限りではありませんが。
街を彩る街路樹だって同じことが言えます。整然と8~10㍍間隔で植え付けられた街路樹の根元が大きく育ち、舗装道路の縁石を押して壊している状態を多く見かけます。また、街路樹の根部が大きく育って、歩道部分のコンクリート平板をデコボコに押し上げている状態、道路管理する官公庁が手をやいておられる様子も多々見受けるところです。大きく育ち過ぎた街路樹は伐採することです、その傍らに小苗を植えておき、その小苗を育て成長を愛でる、そんな市街地の植物に対する「優しさ」、「更新」の発想が求められていると思います。
新型コロナウイルスの蔓延で、色々な意味で世界中が大荒れです。庭先やベランダ等で苔玉を楽しみながら、世代交代を重ね「更新」する植物たちの生命の連鎖に思いを馳せている此の頃です。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
早咲きの桜「河津桜」が、あちこちで満開、今年は比較的春の訪れが早いように思います。「桜の苔玉を作ってみたい」、苔玉を楽しまれる方々も、この時節、桜への興味を抱かれます。多くの苔玉愛好家の皆様方と、ここ数年「桜の苔玉」を作ってきました。今年も、あちこちで「桜の苔玉」作りにチャレンジして頂いております。
古い時代から、桜といえば「花見」、大きく育った「桜の大木」の下で「花見の宴」が、私たち日本人の楽しみでした。本来、サクラは高木性の植物であって、背丈の低い若木・幼木では着蕾・開花することはありません。
桜を苔玉として楽しむには、花見するような大木では不向きです。苔玉に仕立てる桜は、背丈15~25㎝程度の矮性状況で開花する「一歳桜」と呼ばれる品種群を使うことになります。
このような、普通は高木性である樹木の種類の中に矮性で繁殖して、僅かな年数で開花・結実する品種群を「一歳植物」、あるいは「一歳物」といいます。「一歳桜」の代表的な品種群に「マメザクラ」があります。箱根・富士裾野界隈に自生していた「マメザクラ」に「富士桜」と命名されました。
「富士桜」の中でも、比較的早めに開花するものが「富士桜・さきがけ」です、また赤色度の強いモノが「赤花・富士桜」として、市場に出回っているという次第です。
サクラの他にも「一歳物」としてよく見かける植物に、「一歳ザクロ」、「一歳サルスベリ」など多く見みかけます。ひたすら、「一歳植物」に拘って、小型の高木を収集・趣味としておられる園芸愛好家も多くおられます。
私も「苔玉」を作るようになって35余年になりますが、苔玉向きの「一歳植物」を見つけざるを得ず、全国の園芸・植木産地を歩き回ることしばしばです。
サクラの苔玉にチャレンジして頂く中で、「一歳植物」という品種群があることをご紹介申し上げました。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
暮らしを彩る器展「テーブルウェア・フェスティバル」が、2月10日まで東京ドームで開催されており、久し振りに行ってみました。会場で「インテリアとしての苔玉作りと器」と題したセミナーが開かれていました。
1993年以来28余年間続いているこのフェスティバルに、やっと「苔玉」が登壇したんですね。陶磁器、硝子器、木製、竹製の器、漆器、鉄を始めとする金属器、柔らかな布製品等生活用品の展示の中に、命ある植物「苔玉」が彩りを添えているかのようでした。心秘かに、嬉しくなってしまいました。
茶碗、皿そして箸など、毎日の生活を維持していくのに絶対に必要なこれらテーブル上の調度品です。生活そのものが豊かになってきた今、毎日使うテーブルウェアにも、心をも豊かにしてくれるモノが求められているのでしょう。機能的な美しさに始まって、材質感、色合い、形状美、肌触りと、より良いモノが求められ、巧たちの素朴さ、繊細さ、人としての優しさ等といった心伝わる生活用品が多く並べられていました。そんな消費者の拘りにも似たテーブルウェア展の片隅に、「苔玉」も登場していたんです。
街中を歩いてみると、喫茶店、和食の店、旅先の宿の一角等、苔玉を配している姿を見かけることも多々あるようになりました。洋の東西を問わず、テーブルセッティングは益々生活に密着して洗練され、磨き上げられていくことでしょう。テーブルウェアとしての「苔玉」も、植物の多様性・形状・四季折々の季節感・人としての優しさ等と、磨き上げ、洗練されていかなければならないと思いを致したことでした。
生活する人たちの、磨き上げられ洗練された拘りに学び、園芸プロとしての技を出し切って、「苔玉」をクール(文化)に伸ばしていきたいと、苔玉を作り始めて35余年になる今、考えたことでした。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。