丹精込めて作った苔玉は、その受皿次第で見栄えが大きく変わること、すでに多くの方々の体験なさったこととお察しします。一般的には、笠間焼、美濃焼等の茶褐色や灰褐色の受皿にのせて楽しんでおられ場合が多いようです。緑色の苔玉と笠間焼、美濃焼等の受皿との取り合わせは、自然の風合いがあて素晴らしいセンスと、お見受けします。
白色の磁器製の皿類を苔玉の受皿として利用されたとしたならば、少々、問題があります。白色は太陽光線の反射率が極めて高く、結果として苔玉植物の葉裏を照らし、苔玉植物は傷んでしまいます。本来、植物の葉裏は太陽光線が当たるところではないこと、再認識して下さい。
別の視点から緑色の植物と白色の受皿の相性の悪さを考えてみます。白色の明度(明るさの度合い)は20度、緑色の明度は14度です。従ってパッと見た瞬間、私たちの眼に飛び込んでくるのは明度20度の受皿であって、緑色の苔玉ではありません。これは、「光」と私たち「動物の視力」の本質的な問題であって如何ともなし難い、本能に帰することです。
私たちが見たい・鑑賞したいとする対象は緑色の植物であり、決して白色の受皿ではないはずです。白色の受皿が前面に出て緑色の植物たちが後背に甘んじてしまっては、本末転倒もいいところ、ということになってしまいます。
ボタン、シャクヤク、バラ、チューリップ等の植物の花色の代表は、「赤色」です。赤色もまた明度は14度です。緑色の茎葉と赤色の開花した植物を楽しむのに、知らず知らずのうちに白色の器に邪魔されないようにご注意下さい。鉢植やプランター栽培の植物を楽しむに当たっても、同じことが言えましょう。白色の植木鉢、プランター、鉢置棚などは避けるべきです。欧米各国等、園芸先進各国を歩かれた方々には、白色の植木鉢等、殆ど見かけないこと、周知の如くです。
職務柄、国内各所を歩き回ることの多い私ですが、まだまだ白色のプランター等、植え付け容器の散在している姿を街中に多く見かけ、心秘かに残念に思っております。地方の駅舎、学校等の片隅に、白色プランターの残骸が放置されていることも多く見かけ、切ない思いに駆られます。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
ウメ、サクラ、ナツツバキ、アジサイ等、専ら花を楽しむ落葉性花木の苔玉は、すでに多くの人に馴染みの樹種だと思います。
花ではなく葉、樹形、枝ぶり、紅葉などを楽しむモミジ、コナラ、ケヤキ、ブナ等の落葉樹の苔玉も人気が高いものです。これらは主として日本列島に原生する植物で、一般に「和物」と呼称されます。
よく見かける外来種の落葉樹「苔玉」として、アメリカハナミズキ、ハナノキ、アメリカフウ等を目にしますが、これ等を「洋物」と呼んだりもしますが、今日の園芸愛好の世界は和洋混然一体になっています。
5~6月に開花を楽しむ花木「アジサイ」は、日本列島原生の植物ですが、今、園芸売店で眼にする艶やかな赤色やピンクのアジサイは、その殆どが欧米各国で品種改良されたモノで占められています。コスモポリタンな園芸時代、「和物、洋物」の判別が意味をなさないようです。
こうした時代にあっても、苔玉に仕立てる「アジサイ」は、青色系の比較的地味な色彩の、ヤマアジサイ、ガクアジサイ、アマチャノキ等が好まれる傾向にあります。盆栽風~盆景風・和物アジサイとして、「苔玉アジサイ」が、多くの園芸愛好家の認めるところなのかもしれません。しかし、比較的艶やかな花色の洋種アジサイ(ハイドランジャーと呼ばれます)の苔玉も、多くの人たちに好まれているのが現況です。
常緑樹花木「ツバキ」についても、同様の状況にあります。ツバキの学名が「Cameria Japonica」といわれる、ツバキは日本原産の樹木です。アジサイと同様、欧米各国、豪州等で品種改良が進み、数百種類のツバキ品種が現存します。それでも好んで苔玉に仕立てられるのは、「ヤブツバキ」「侘助」等、一重咲花の比較的地味な品種への傾向が主流となっています。
2月14日、バレンタインデーの贈り物に好まれる赤色の「バラ」、苔玉でもこの傾向は否めません。赤色花「ミニチュア・ローズ」の苔玉が好んで贈られます。赤色バラの花言葉が「貴方を熱烈に愛します!」に、依るのでしょう。愛の表現に「和洋」変わりないですね。
米国の首都ワシントンのポトマック河畔で、日本の国花サクラ並木が楽しまれ、方や、東京都内では、アメリカハナミズキが街路樹の中で最も多く植えられている今日です。苔玉の世界でも、和洋混然一体となったコスモポリタンな苔玉園芸を楽しんでいきたいと思います。
ツバキの苔玉 (和物)
ミニバラの苔玉 (洋物)
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。 つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
2月中旬から3月に掛けて、つくば市、仙台市、浦和市、新潟市などでサクラを使った苔玉教室を開催してきました。いずこの会場でも大変な盛り上がりでした。使ったサクラは、一重咲き山桜の系統「富士見桜」でした。日本に住む私たちにとって、桜花は他に代えがたい花なんですネェ。
咲き誇った染井吉野桜は花筏となって水面を流れて行く・・
一昨年の三月末、他界した大学時代の同期の友を桜花爛漫の京都で見送りました。散り去った友、いずれは残った自分等も、散ることになる、二条城界隈に咲き・散る桜に、切ない思いに駆られたことでした。
“ 散る桜 残る桜も 散る桜 ”
染井吉野桜など一重咲きの桜花の後を追い開花するのは八重咲種の桜です。稲作農家では、古来、八重咲種の桜の季節が「田植え」の時期の目安とされてきました。八重咲種にも多くの品種があります。大阪造幣局で有名な「桜の通り抜け」は、カンザン、フゲンゾウ、ショウゲツ、ヨウキヒなどの品種約130種、350余本の八重桜で多くの人々に愛されてきました。新宿御苑の桜も八重桜がその殆どを占めています。吉野桜など一重咲きの「山桜」の系統に対して、八重咲の桜を「里桜」と総称するのが一般的です。
八重咲種の桜花は、染井吉野等の一重咲き種に比べると、豪華絢爛な開花となります。欧米各国の公園等公共の施設に見られる桜は、八重咲種を多く見かけます。短命な一重咲き桜花を「花見」する私たち日本人と少々趣向が違うようです。
申し遅れました、「苔玉の桜」も八重桜の季節です。よく使われる品種に「旭山桜」「関山」「楊貴妃」などがあります。好みの豪華絢爛な八重桜を、苔玉に仕立ててみるのも一興だと思います。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
桜は日本の国花として、私たち日本人に愛され馴染み深い植物です。3月~4月にかけて咲き誇る桜花の下で、「花見」する風流心は、私たちの心の年中行事に組み込まれています。桜花爛漫の下で酒を酌み交わし、花見弁当を楽しむ「花見桜」は、樹高3m以上から数10mの大木の下です。豊臣秀吉が生涯に京都の醍醐寺と奈良の吉野山で二度にわたり豪華絢爛な大花見を行ったことでも良く知られている桜は「ヤマザクラ」でした。
現在の桜の名所で主に植えられている桜は「染井吉野」という品種です。「染井吉野」という品種は、江戸時代末期に江戸染井地区(今の駒込付近)の某植木屋が上野公園等に植え付けたのが始まりと言われています。「染井吉野」は葉が出る前に花が樹幹いっぱいに咲く艶やかさから、特に明治以降各所に植えられるようになったのでした。日米交流の象徴として、米国の首都ワシントンのポトマック河畔の桜並木は、1世紀以上前に東京市から贈られたもので、その後の日米関係の激動も乗り越え、毎年、見事な花を咲かせていること、周知のごとくであります。
そんなことから、「サクラの苔玉」がずっと以前から人気を博して来たようです。ところで、苔玉仕立で楽しむ桜花は、15~30㎝程度の極めて低い樹高で楽しみます。同じ「桜」ではありますが、お花見する染井吉野桜と、苔玉に仕立てて楽しむ桜とは、品種が大きく異なります。苔玉などの園芸では、幼木の内に開花させる必要があります。なんの植物に依らず、幼木の頃から開花・結実する植物品種群を「一歳もの」といいます。一歳桜を選んで苔玉に仕立てる、ということです。具体的には「富士桜」「八房富士桜」等の系統が苔玉等、小品盆栽に用いられています。
明治以降、その艶やかさ故に国威発揚のスローガンの下、大量に植え付けられてきた「染井吉野」桜は、天狗巣病、根頭癌腫病等の病害に弱く、寿命50~60年程度とされています。そのために、50~60年程度で花見桜の名所が移動・変遷しております。心ある専門家の間で、「果たして染井吉野だけでいいのだろうか?」という疑問、そして問題点が提起されつつあります。桜の苔玉を見ながら、心の片隅に100年の歴史の中の桜を考えなければと思います。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
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コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。
「苔は日陰の植物で、太陽光は不要だ」という認識が、一般的にあるようです。だから、「苔玉は太陽光のあたらない日陰で育てるもの」と、誤まった認識をお持ちの方たちに出会うこと、しばしばです。
苔の生育にも、太陽光線は絶対に欠かせません。苔は体内にクロロフィル(葉緑素)を含有しているからこそ、緑色を呈しています。クロロフィル(Chlorophyll)は、光合成の明反応で光エネルギーを吸収する役割をもつ化学物質なんです。苔も一般の植物と同様に、光エネルギーを使って水と空気中の二酸化炭素から炭水化物(糖類:例えばショ糖やデンプン)を合成して、苔本体を作り維持しているのです。更に苔が生きていくためには、水分も絶対必要になることは、周知の事実です。
「水」に関しては、「空中湿度が程々の状態であること」が求められます。水中にドップリと浸けたままでは、苔は生きることが出来ません、腐ってしまいます。
苔玉を取り扱っていますと、「水」に関してはよく理解され過ぎていて、過剰な水遣り傾向にあります。「光」に関しては理解不足で、日陰で育てて苔を駄目にしてしまう傾向がみられます。
よく見かける2~3の失敗事例をご紹介します。室内に長期間置きっ放しにされた苔玉の苔部分が、黒く変色してしまったモノを見かけること、しばしばです。これは、太陽光不足の故に葉緑素がダメージを受け、更に、過剰水分の故に苔が腐ってしまった状態です。
エアコンの効いた室内の苔玉で、苔部分は辛うじて薄緑色を維持しているが、苔部分はカサカサに乾燥しているモノ。これはエアコン効果で空中湿度が低下、苔は枯れる寸前にあります。この場合は、適度な水分補給で元に戻すことが出来るでしょう。
「水は毎日補給しているのに、苔玉が元気でない」と、耳にすることがあります。よくよく聞いてみると苔部分に霧吹きだけやっているとのこと。これは、丸い苔玉の芯部分に水が行渡っていないということです。バケツなどのたっぷりの水に苔部分を浸して、苔の芯部分まで十分に水を供給しなければなりません。
水を十分に供給するためにと、苔玉の受け皿に常時水を張って、苔玉が乾燥しないようにする、これも駄目です。苔が腐ってしまいます。
苔玉が順調に生育するようにと、水遣りとともに「水肥」を施用する、これも絶対禁止です。苔は自然界では、殆ど肥料気のないところに生育しています。肥料をやると苔は全滅してしまいます。それでも、苔玉上部の植物に施肥したい。私は、ごく薄い液肥を苔面に触れないように、苔玉底部から注射器で少しずつ注入する方法をとっています。肥料とは違う各種の「植物活力剤」を極薄め施用することは、やぶさかではありません。苔の生育にもいい結果をもたらしてくれます。
ことほど左様に、「水」と「光」が程よく供給されて、初めて苔は生命を維持し、順調に生育し続けます。
日本農業園芸造園研究所代表。農業・園芸・造園について30年以上の業務・指導に務める。つくば市在住。
つくばの松見公園をはじめ、数々の有名庭園の設計に携わる。現在は全国各地で苔玉教室などを開催し、誰もが楽しく園芸に触れることができる活動を展開している。
コラム「苔玉に寄せて」は毎月第2土曜日に掲載予定です。